月の記憶、風と大地


後台の住んでいるアパートは2LDKだ。
静の住んでいるアパートは1Kと小さいので、後台のアパートで弁当作りを行う。


「今年も頑張りますか」


近所のスーパーで食品を大量に買い込んだ二人はパンパンに詰めたエコバッグを両肩に引っ提げ、アパートにたどり着いた。


「敷物やパラソル、ドリンク類は津田さん、紙皿、フォークスプーン類は、今年は弥生さんが持って来るそうです」


静が右拳で左掌に打ち付ける。


「楽しみですね。今年は弥生さんもいるし、穣くんも喜んでくれるといいな」


静は下ごしらえする食材と当日調理する食材を分けながら、冷蔵庫に収納する。


「よし。全部入った、と」


冷蔵品と冷凍品を全て冷蔵庫に納め、静は一息ついた。
粉ものや常温保存出来る物はキッチンカウンターに置いてある。
その他にお弁当用のカラフルカップ、小物類も揃えた。


「明日、また朝に来ます。よろしくお願いします」


静が身を翻す。


「静さん。……良かったら、その。食事にでも行きませんか」



いつものように話しかけているつもりだが、今日はお互いに私服であり、自宅だ。
昨年も同じ事をしたが、もっと事務的な雰囲気でそんな会話が出来るような状態ではなかったと思う。

静は直ぐに返事をしなかった。



「後台さんの冷蔵庫、エナジードリンクしか入ってませんね」
「まあ……一人暮らしの中年ですからね。自分の為に調理することも少ないですし」



静はくびれのある引き締まった腰に、手を当てる。



「おかしな人。料理は上手いのに」


静がおかしそうに笑う。


「静さんは、誰かに料理してあげているんですか?」


後台が訊ねる。


「いません。いたら、もっと上手くなれたかもしれませんね」


(おまえは何をやってもダメだ)


静の脳内に男の声が響いた。

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