お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。


振り上げた拳を背後から掴んだのは、トレンチコートの男性。

無駄な動き一つなく私と男の間に入った彼は、ぐっ!とそのまま男の腕をひねり上げ、流れるように足を払った。


『がはっ…!!』


男は呆気なく地面に倒される。

言葉も出せずにコートの男性の背中を見つめていると、彼は冷たい声でぼそり、と言い放つ。


「品物置いて、とっとと失せろ。」


『『ひっ…!』』


怯えた声を上げる男性を、仲間の男が担いで去っていく。まるで、映画のワンシーンのようなそれは、ほんの数分の出来事だった。

すると、残されたトマトを手に取ったコートの彼は、すっ、と麻布の袋を出し、主人に声をかける。


「ご主人。このトマトは俺が買おう。代金はこれで足りるか?」


『えぇ…。ありがとうございます…!』


態度を崩さず、終始落ち着いた雰囲気で会計を終える彼。

恋多き女性だったら間違いなく惚れているようなスマートな彼に、まるで正義のヒーローに出会った子どものような感情を抱いた私は、思わず声をかけた。


「あの…っ!助けていただいて、ありがとうございます…!」


彼は、ふいっとこちらを振り向く。

アッシュが入ったグレージュの髪に、澄んだローズピンクの瞳。

女性のような綺麗な顔立ちは、男をひねり上げて追い払った彼と同一人物とは思えない。

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