異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「何度も想像はしていたが、実際は遥かに美しいな」

「褒めるなら、私を着飾ってくれた侍女たちにして。庶民育ちの私をお姫様にしてくれたのは、彼女たちの力だから」

 朝早くからせっせとドレスや化粧道具を私の部屋に用意して、ああでもないこうでもないと髪型に悩んでくれた侍女たちの姿を思い出す。私とシェイドの式を多くの人が心待ちにしてくれているのがわかって、幸福感に胸に広がった。

「そうやって感謝することを忘れないところも、愛しい。この先なにがあっても離れずにいると、俺は神よりもあなたに誓おう」

 神父様の誓いの言葉も待たずに、私に永遠を囁く彼に自然と笑みがこぼれる。私も同じ気持ちだと伝えようとして、口を開きかけた。そのとき――。

 バリンッと大きな音を立てて天井のステンドグラスが割れ、そこからいくつもロープが垂れてくる。
 それを伝ってローブ姿の男たちがぞろぞろと降りてくると、礼拝堂は参列者の悲鳴で震えあがった。

 シェイドは破片から私を守るように軍服のマントを広げて、頭に被せてくれる。やがてガラスの雨が止むと、私の腰を引き寄せてとっさのことにも冷静に指示を飛ばす。

「王宮騎士団は参列者の非難と護衛を、月光十字軍は侵入者の捕縛に努めろ!」

 それを頼もしく思いながら聞いていると、参列者の貴婦人が割れたステンドグラスの上で転んでしまうのが見えた。彼女は自分の手から出血しているのに気づいて、悲鳴をあげながらその場を動けずにいる。 

 あのまま、あそこにいては危険だわ。

 そう思ったら居ても立っても居られず、私は許可を待たずにシェイドの腕の中から飛び出す。シェイドの「若菜!」と呼び止める声が聞こえたのだが、振り切って貴婦人のそばにしゃがみ込んだ。

「た、助けて……っ、血が止まらないのよっ」

 髪を振り乱しながら泣きじゃくっている貴婦人を安心させるために笑みを向けると、私はウェディングドレスの裾を引き千切る。

「大丈夫、落ち着いて。今、手当てしますから」

 幸いガラスの破片は刺さっておらず、表面的に切れただけだったので、私は貴婦人の手のひらに布を巻いて直接圧迫した。純白のドレスの布がみるみるうちに赤く染まるけれど、すぐに止血が終わり、私は貴婦人の手を引く。

「立てますか?」

「む、無理……足が震えて、立てないわ」

「見て、もう血は止まったわ。ここには王宮騎士団も月光十字軍もいる。だから、私と一緒に礼拝堂の外へ出ましょう?」

 できるだけ穏やかな口調で話しかけると、少しずつ貴婦人の呼吸が落ち着いていくのがわかり、私はもう一度笑いかける。

「さあ、もう立てるはずよ」

 私が軽く手を引くと、貴婦人は今度こそ立ち上がることができた。私はその手を引いて、礼拝堂の出口へ足を向ける。
 けれど、目の前にローブを纏った男が立ち塞がり、とっさに女性を背中に庇った。

 近くに騎士や兵はいないかと視線を巡らせるが、侵入者の数が多く来賓であるエドモンド軍事司令官まで戦闘に駆り出されている。力を借りれる者が見つからなかったので、私はローブの男を見据えて時間稼ぎを試みる。

「あなたたちは誰なの? 目的はなに?」

 襲ってくるわけでもなく、ただ私の前に立っている男はフードを深く被っていて顔が見えない。

「僕は……」

 戸惑ったような声で呟いた男が一歩、私に近づいた。その瞬間、シェイドが私の前に出て腰の鞘からサーベルを抜きつつ、流れるようにローブの男に斬りかかる。

 男は素早くローブの中に手を入れ、シェイドの一撃をサーベルで弾くと後ろに飛び退いた。その拍子にフードが外れ、見覚えのある銀色の髪とサファイアの瞳が露わになる。

「あなたは……あのときの!」

 ローブの男の正体が森の中で出会った青年であることを知った私は、女性を逃がさなければならないのにその場から動けなくなる。
 そんな私の前に立ち、シェイドは男に剣先を向けた。

「その剣術……どこで習った」

「シェイド?」

 どうしてそんなことを聞くの? 
 こちらに背を向けているシェイドの顔は目視できないけれど、なにか思うことがあるのか、声に当惑が滲んでいる。

「いや……今はそのようなことを尋ねている場合ではないな。ローズ、若菜とそこのご婦人を連れて外へ」

 シェイドはそばでローブの男と対峙していたローズさんを呼び止めた。

「わかったわ、任せてちょうだい」

「ああ、頼んだ。……若菜」

 シェイドはサーベルを構えたまま私を振り向くと、少しだけ残念そうに微笑む。

「ドレスが血で汚れようと破れてボロボロだろうと、あなたの強さを目の当たりにするたびに俺はあなたに惚れ直す。式は中止になってしまったが、必ず仕切り直そう」

「シェイド……大事なのは心だもの。式がなくたって、あなたが大切であることに変わりないわ。必ず無事な姿を見せてね、あとで会いましょう」

 彼のそばにいたいけれど、私がここにいては足手まといになる。
 だから、できるだけ早くこの貴婦人と共に安全な所へ行き、私は看護師として怪我人の手当てをしよう。それが私にしかできない戦いだ。

「そろそろいい? ちゃんと、あたしの後ろについてきなさいよ」

 短い時間で別れを惜しんだ私はシェイドを信じて、貴婦人の手を引きながらローズさんのあとを追う。
 けれど、礼拝堂を出た途端に私たちは別のローブの集団に囲まれてしまった。

「いやね、待ち伏せするなら花束のひとつくらい準備しときなさいよ」

 冗談か本気かわからない悪態をついたローズさんがレイピアを構えると、纏う空気が浄化されていくような錯覚を覚える。

 息をするのも忘れてローズさんを見つめていると、対面していたローブの男のひとりが楽しげにふんっと鼻で笑い、前に出てくる。

「貴様、強そうだな。アストリアの高貴な血を引く人間がどれほどのものか、手合わせ願おうか」

 歳は三十代半ばくらいで、長い黒髪をうなじの辺りでひとつに縛っている彼は右頬に大きな火傷の痕があった。最近できたものではなさそうだが、深く今も残っているところを見ると相当な怪我だったのだろう。
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