異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「なにより、俺がもう待てない。大臣たちの中にはアシュリー姫との結婚を諦めてない者もいる。結婚の話になると決まって、『今なんとおっしゃったのでしょうか』などと、唐突に難聴になる者までいる始末だ」

「仕方ないわよ。私には後ろ盾がないどころか、どこの馬の骨ともわからない女だもの。政務官の不安は理解できるわ」

 普段は本音を笑顔の裏に隠している彼だが、今は取り繕うのを忘れて焦れているようだ。私はその頭に手を伸ばすと、宥めるように何度も撫でた。

 気持ちよさそうに目を細めたシェイドの表情は、先ほどより幾分か穏やかになっている。

「俺には理解しかねる。若菜が月光十字軍と共に成し遂げた功績を知っておいて、あのような戯言を吐ける神経を疑うな」

「功績なんて大げさだわ。私は自分の仕事をしただけよ」

 月光十字軍と成し遂げた王宮の奪還は、主に騎士や兵の皆さんが命がけで剣を振るったからこそ達成できたこと。私は看護師の立場から、それをほんの少し手伝っただけだ。

「若菜は謙虚すぎる。俺の腹の虫はおさまらないからな、ちょっとばかり政務官たちには『結婚が認められなければ、駆け落ちも考える』と灸を据えておいた」

「……あなた、段々と本性が全開になってるわよね」

「毎日、身を粉にして働いてるんだ。これくらいは可愛いお願いだろう」

「知ってる? それはお願いじゃなくて、権力を振りかざした脅しっていうのよ」

 軽口を叩きながらも、私たちは自然と手を取り合って指を絡めながら固く握る。

「いよいよだな、若菜」

「ええ、あなたとその日を迎えられるだなんて、今から楽しみで仕方ないわ」

 互いの温もりと一緒に人生をも共有するように、私たちは額を重ねて笑い合うと結婚式の日取りが決まったことを心から喜んだ。




 一ヶ月後、私とシェイドの結婚式が執り行われた。

 会場である王宮内の礼拝堂は太陽の光がたっぷり降り注ぐ色鮮やかなステンドグラスの天井に、対照的な白亜の大理石の床。月と太陽が描かれた金の装飾が美しい柱に、祭壇までの通路――いわゆるバージンロードには真紅のベルベット絨毯が敷かれていて、荘厳だった。

 司祭や司教の他に月光十字軍含む王宮騎士団や政務官、招かれた各国の要人たちに見守られる中、私は月と太陽が金糸で刺繍された純白のマーメイドドレスに身を包んで祭壇へと歩いていく。
  
「ううっ、主の幸せは俺の幸せ……!」

 どこかで聞き覚えのあるセリフを耳にした私は、壁際に控えている騎士たちの中で号泣している男性を発見する。右肩の鎧から黒のマントを垂らし、白の軍服に身を包んだ彼はダガロフ・アルバートさん。ヘーゼルの短髪にゴールの瞳を持ち、右目は月光十字軍の紋章が刺繍された眼帯で覆われている。

 彼はもともとニドルフ王子の騎士であったため、一時は敵として対峙した相手だった。シェイドとの一騎打ちの際、右目を斬られて隻眼になったが、幸い傷は浅く日が経てば視力は回復する。
だが、シェイドが王になり、国に笑顔があふれるまでは月光十字軍を追い詰めた罪への戒めも込めて眼帯を外さないと決めているらしい。

 そして、王宮騎士団の一部が月光十字軍として分離するまで、ダガロフさんは騎士団全体を統括する団長だった。

 現在は月光十字軍に負けてその配下となった段階で団長の称号は剥奪されているのだが、いまだに騎士の皆さんからは『団長』と呼ばれて慕われている。

 それに公式上は団長ではないけれど、実際は彼が王宮騎士団をまとめて王宮の守りを任されることが多い。

 大きな戦の際は月光十字軍に自分の部隊は持ってはいないが、私やシェイドの護衛として同行している。

「団長、また泣いてるんですか……って、うわっ」

 アスナさんはダガロフさんの顔を覗き込んで小さく悲鳴を上げると、隣にいたローズさんの腕に抱き着いた。

 それもそのはず、泣かまいと顔に力を入れているダガロフさんはこれでもかというほど開眼して涙を流しており、唇は一文字。

身体は感動からかぷるぷると小刻みに震えていて、この世界にもし警察がいたなら、どっからどうみても補導対象だ。

 ローズさんはというと見慣れた光景だからか、動じることなく前を向いたままである。

「あのウェディングドレス、どこのかしら。デザインがいいわね」

「おいおい、ローズは着る予定ないだろ」

「どういう意味よ、アスナ。私みたいな薔薇を男がほっておくわけないじゃない!」

 腕にしがみついているアスナさんに、ローズさんはヘッドロックをかます。そんなふたりを感動に浸っていたダガロフさんが振り向くと――。

「お前ら、静かにしないかっ。主たちの晴れ舞台なんだぞ!」

 注意したその声がいちばん礼拝堂に響いていて、私はバージンロードを歩きながらくすっと笑ってしまう。慌てて口元を手の甲で押さえると、また聞き覚えのある声が参列者の中から聞こえてくる。

「ドレスを着てるところを見ると、あいつが女だったことを思い出しますね」

 その主は私と同い年であるミグナフタ国のシルヴィ・ネルラッシャー王宮医師だった。国を追われてミグナフタ国に滞在させてもらっていた際、一緒に働いた同僚で戦友だ。

 普段は無造作にセットされている白髪をオールバックにして、見慣れた白衣ではなく瞳と同じ銀の燕尾服を着ている。それだけでもいつもの怠そうな印象ががらりと変わって、一瞬、誰だかわからなかったくらいだ。

「ああ、同感だな。軍服のほうが似合うんじゃねーか」

 賛同したのは肩に深紫の軍服を引っかけたエドモンド・オルター軍事司令官。わずか齢三十三にして、ミグナフタ国の軍神と呼ばれている。

 アッシュがかったベージュの髪に常に猛禽類の如く鋭いヴァイオレットの目が特徴的な彼はクリーム色のワイシャツと縦じまが入ったグリーンのベスト、上着と同色のネクタイとズボンを身に着けていた。

 相変わらず、失礼な人たちね。
 歯に布着せないところが似ているふたりには、『心臓に毛が生えた女』だの『男らしい』だのと散々言われた。

 でも、女だからと看護師であることや戦場にいることをバカにされていた当初を思うと、私にとっては最高の賛辞だ。

 お義母様が来れなかったのは残念だけれど、式が終わったらドレスを脱がずにシェイドと別邸に見せに行くことになっている。
 お義母様はシェイドの幸せを誰よりも願っていたので、私からお願いしたのだ。

 本当に私は幸せ者だ。突然、異世界に飛ばされて月光十字軍に拾われて、ここまでくるのにいろんな人と出会い、ぶつかったり迷ったりして仲間が大勢できた。今は後悔なくこの地が私の居場所だから、彼と生きるのだと胸を張って言える。

 私は祭壇の前で私を待っている彼に笑みを向けると、差し出された手を取る。
 シェイドはいつもの紺ではなく金の装飾がふんだんにあしらわれた白軍服姿で、私を軽く引き寄せた。
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