異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「僕たちレジスタンスは権力者の奴隷、したくもない暗殺の加担……。人を人とも思わない、道具のような扱いを受けてきた者がほとんどなんだ」

「それって、クワルトも?」

「僕の場合はね、貴族の愛人の子として生まれたんだけど、本妻に知られたら困るって理由で赤ん坊のまま路上に捨てられたんだ」

 あまりにも無責任な理由だ。やむおえない事情があるのならまだしも勝手に命を生み出しておいて手放すだなんて、命を軽々しく考える貴族に当事者ではない私でも怒りがわく。

「雪の降る寒い季節で、体温が下がって死にかけてたところをそのとき十四歳だったサイとプリーモに拾われて生きながらえたんだ」

「じゃあ、あなたにとって彼らは家族のような存在なのね」

「うん、大事な人たちだよ。でも、僕はプリーモたちに見つけてもらえたから、恵まれてるほうだ。他の幹部たちは僕よりもずっと壮絶な過去を持ってるから。こうして、経緯はそれぞれ違うけど、最終的に孤児院に行き着いて出会ったんだ」

 奴隷に暗殺、つくづくこの世界は私のいた世界とは違うのだと思い知らされる。権力者の道具として生かされた幼い頃の彼らの絶望は図りしえない。

 だからといって王宮を襲っていい理由にはならないけれど、私はシェイドのそばにいる人間として理解する努力はしなければならないのかもしれない。

「だから僕たちは弱者が権力に屈しない世界を作るために、弱者のための国を作るために革命の名のもと、動いてる。ゆくゆくは世界を統治するのが目的なんだ」

「そんな、世界なんて簡単に手に入れられるはずないわ」

「うん、でも……実際にこの国は僕たちの手に落ちた」

 そういえばクワルトはこのアストリア王国には奇病が流行っていて、栄えていた頃の豊かさは見る影もないと言っていた。まさか、そうなるように仕向けたということだろうか。
 私の疑問を見透かすようにクワルトは首をすくめる。

「この国に流行っていた奇病は僕たちが持ち込んだものじゃないよ。でも、その奇病を利用した。病の原因がミアスマのせいだと吹聴して回ったんだ」

 前にミグナフタ国の王宮医師であるシルヴィ先生から聞いたことがある。
 瘴気――ミアスマは悪い気が病気を引き起こすという考え方だ。それを祓うと謳い、金銭を稼ぐ偽聖職者もいるのだとか。
 
「それを祓うと言って、まずは国民の心を掌握した。噂を聞きつけた国王は相当、この奇病に悩まされていたみたいでね」

 クワルトの言葉の続きは容易に想像がついた。

 命が助かるのなら、人はどんな邪悪なものにだって助けを乞うものなのではないだろうか。やり残したこと、共に生きていきたい人がいるのなら、なおさら。

 その悲痛な民の願いは国王の耳にも届いていたはずなので、胸を痛めるのと同時になんとかしなければと焦っていたのだろう。

「あなたたちを神にも縋る思いで頼ったのね」

「……そうだね、アストリア国王はそんな感じだった。だから国王の心を利用して、城での地位を確立していった僕たちは今やこの国の主導権を握ってる」

「あなたたちはすでにアストリア王国を手に入れたんでしょう? なのにこれ以上、なにをしようとしているの?」

 私はベッドに手をついて、クワルトに詰め寄った。彼は近づいてきた私に少しだけ目を見張って、静かに重い口を開く。

「あなたの治療技術を利用して今回の奇病を収束させることで、民や国の要人のさらなる人心掌握を図ってる。いずれは兵を育てて、他国とも渡り合えるだけの力をつけるつもりなんだ」

「戦争をするってこと?」 

「うん、もしくはアストリア王国を手に入れたときと同じやり方で他国を手に入れるかもしれない」

 ひとつ国を落とした彼らなら、不可能とは言い切れない。
 心が鉛を呑んだかのように重くなり、私が胸をおさえているとクワルトは気遣いを滲ませた眼差しを向けてくる。

「大丈夫?」

「……戦争が起こると思うと、怖くて。大事な人たちを送り出したっきり、会えないなんて……もう嫌なの」

「起き抜けにいろいろ、嫌な話をしてごめんね」

 謝りながら背中をさすってくれる彼に疑問がわく。

「ねえ、あなたは敵なのにどうして私にそんな話を?」

 それから、優しくされる意図がわからない。私を利用するつもりなら、機嫌を取るより恐怖心を煽って脅すほうが楽だろう。
 困惑しているとクワルトは俯いて長い息を吐き、やがて覚悟を決めるように顔を上げた。

「なんとなく、察してると思うけど……サバルドの町に不潔な井戸を造ったのは僕なんだ」

 ローブ姿の旅人が井戸を造ったという報告を町長から聞いたときも、私の頭には真っ先に森の中で会ったクワルトの姿が思い浮かんでいた。それでも信じたくなくて、私はクワルトのことをシェイドには話せなかったのだ。

「……っ、どうしてそんなことを?」

 大切な人に嘘をついた罪悪感と彼が罪を認めたことへのショックが同時に襲いかかってきて、問いただす声が震えた。

「アストリアの次は国王のいないエヴィテオールが標的だったんだ。だから、井戸を使ってエヴィテオールに疫病を蔓延させるつもりだった。本当に……ごめん、なさい」

 クワルトは頭を下げると、強く私のウェディングドレスの裾を掴む。まるで嫌わないでと母に泣きつく子のように見えて、私は彼の身体を抱きしめた。

「なんでなのか、自分でもわからないんだけど……。あなたが悲しんでいると、胸が苦しくなる」

 その背を規則正しく叩けば、クワルトはいっそう私にしがみつく。

「僕は……僕はただ、自分を助けてくれたプリーモたちの力になりたかった。だけど、僕が作った井戸の水を飲んで苦しんでる人たちを見たら、怖くなって……っ」

 ――ああ、だからクワルトは私にレジスタンスの内部情報を話してくれたのね。

 彼の所業は許されないけれど、立場が悪くなるのも承知の上で打ち明けると決めた覚悟だけは受け止めてあげたい。

 そう思って抱きしめる腕に力を込めると、クワルトは涙を流さまいとしているせいか、眉を顰めて唇を震わせる。

「今回、あなたたちを攫う作戦を聞かされたとき、あなたもあなたの仲間も助けようと思った。けど、なにもできなくて……。結局、ここまで連れてくることになっちゃったんだ」

「仲間……私以外にここに攫われてきた人がいるの?」

「一緒にいた赤髪の男の人、バン・アストリア王子だよ。あの人は十五年前に亡命したアストリア王国の第一王子で、今はローズって名乗っているようだね」

 信じられない……。自称なんて言うからなにかあるとは思ってたけど、ローズさんが王子だったなんて!

「それで、ローズさんはどこに?」

「今は地下牢に捕らわれてる。でも、いずれ公開処刑にされる」

「そんな……っ」

 そういえば、プリーモは私と赤髪の男が目的だと言っていた。最初からローズさんがアストリア王国の王子だと知っていて、殺すつもりで攫ったということ? 

 レジスタンスの魂胆がわからず、胸に鬱屈の霧がかかる。私の表情が曇ったのに気づいたのか、クワルトが疑問に答えをくれた。
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