異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「レジスタンスがアストリア王国の王子こそ災厄の原因になる。そんな嘘を流したから、彼は処刑されそうになって国を追われたんだ」

「じゃあ、公開処刑は最悪の原因を消し去ったと知らしめ、さらなる人心掌握を図るため? だとしたら、なんとしてでも止めないと!」

 焦りのあまり取り乱す私の肩にクワルトが手を置く。

「それなら僕にいい案がある。ローズさんの命を保証してくれないなら、協力しないって騒ぐんだ」

「そんな話を簡単に信じてくれる人たちなの?」

「レジスタンスの統率者であるプリーモと、その腹心のサイは頭切れて勘もいい。だから、これを飲むんだ」

 差し出されたのは丸薬の入った包み紙だった。私は目にしたこともないそれとクワルトの顔を交互に見ながら「それはなに?」と尋ねる。

「一時間、服用した者を仮死状態にする丸薬だよ。あなたがこれを飲んで自殺を図ったと見せかければ、さすがにプリーモたちもローズさんを殺せなはずだ」

 仮死状態なんて、大丈夫なの?

 薄い包装紙越しに見える丸薬はうっすらと黒い。当然、そんな効能の丸薬を目にするのも耳にするのも初めてで、飲むなんて凍った池の上を歩くのと同じくらい怖い。

 私が丸薬から目を離せずにいる間も、クワルトの説明は続く。

「あなたが倒れたあと、僕からあなたの覚悟が強いことを助言すれば要求を無下にはできないはずだ。もちろん、意識のないあなたの身体は治療が必要だと言って、僕がこの部屋に連れて帰るから安心して」

「やるしか、ないわよね」

 震える手で丸薬を受け取る。死ぬかもしれないのに、どうしてもクワルトが私を騙しているとは思えなかったのだ。自分を攫った相手を無条件で信じられる自分に驚く。

「怖い……よね。でも、信じてって言うことしかできない」

 必死な表情でクワルトは私の両手を握る。

「僕はあなたの味方だ」

「クワルト……。自分でも不思議なんだけど、あなたのことは信じたいって思ってるの。だから、その作戦に乗るわ」

 私とローズさんを助けるためにこんなに真剣になってくれているのに疑えるはずもなく笑みを返せば、クワルトは泣き笑いを浮かべて勢いよく抱き着いてくる。

「わあっ、クワルト?」

「なんで、あなたにはわかっちゃうのかなあ」

 ――え?
 脳裏に『なんで、若菜お姉さんにはわかっちゃうのかなあ』という湊くんの言葉が蘇り、はっとする。

「そっか、あなたは似てるんだ……あの子に」

 そう、人懐っこいのに甘え下手で、柔らかな空気を纏っているのにどこか孤独で、寂しそうに笑うのが癖だった――湊くんに。

 でも、湊くんは亡くなっている。私が看取ったのだ。それにここは異世界なのだから、彼がいるはずがない。私が勝手に目の前にいるクワルトに面影を重ねているだけで、全くの別人だ。

「ごめんなさい、忘れて。ちょっと、あなたが私の知ってる人にそっくりで戸惑っただけだから」

「……そう、ありがとう」

「うん? なんでお礼?」

 目を瞬かせていると、クワルトはなにも言わずににっこりと笑う。

「そろそろ行こうか、プリーモたちのところへ」

 そのひと言に気が引き締まり、強く頷いて見せる。
 こうして私たちは作戦を実行するため、プリーモたちの元へ向かうこととなった。

 部屋を出て時折すれ違うレジスタンスの下っ端らしき人たちに睨まれながら長い城の廊下を進み、大扉の前にやってきた。

 クワルトの手によって大扉が左右に開かれると、私たちは中へ足を踏み入れる。足裏に柔らかな感触。目線を下げれば、深紅の絨毯が真っ直ぐに王座に伸びていた。

 しかし、そこへ本来座るべき国王はおらず、代わりに深くフードを被ったローブの男が腰を据えている。その隣には礼拝堂の前でローズさんに太刀を向けていたサイが控えていて、咎めるような視線をクワルトに向けた。

「クワルト、その女を連れてくるのに時間をかけすぎだ」

「ごめんなさい。お姉さん、なかなか起きなくて」

「まあいい……女」

 サイの視線が私を射抜き、その殺気にも似た威圧感に肩がびくっと跳ねた。

「お前にはこれから、俺たちレジスタンスのために働いてもらう」

「その前に、ローズさん……バン王子はどこ? バン王子の無事を確認させて」

 恐怖心は胸の奥に押し込めて、弱みを見せまいと凛然と振る舞う。ここでしくじったら、私だけでなくローズさんの命すら危ぶまれる。それだけは絶対に、あってはならない。

 もうこれ以上、あの人の大事な人を奪わせない。
 思い浮かぶのは最愛の人、シェイドの顔だった。ただでさえ父親や弟を王位争いで亡くし、共に戦った兵も失い、どれほど心を裂いただろう。

 私にできることは限られているけれど、私は私のやり方で彼や仲間を守りたい。

「あなたちの要求を聞くのは、バン王子の生存がわかってからよ」

 念を押すように言い放てば、これまで静観していたプリーモが足を組み、圧倒的な声を王間に響かせる。

「それはできない」

 たったそれだけの言葉が物凄い重力を持っているかのように、全身にのしかかってくる。思わず崩れ落ちそうになる足に力を入れて、その場にひれ伏しそうになるのを耐えた。

「あれには我々の崇高なる使命のもと、消えてもらわねばならない」

「それは聞けないわ。バン王子の命が保証できないなら、私は協力しない」

 引き下がらない私にプリーモは黙り込んだ。それに痺れを切らしたのか、サイが背中の太刀の柄に手をかけてこちらへ足を踏み出す。

「貴様、意見を口にできる立場だと――」

「あなたたちに協力する条件はふたつ。ひとつ目はローズさんの命の保証、ふたつ目はローズさんと私を同じ部屋にすることよ」

 サイの言葉を遮り自分の主張をぶつけるが、プリーモは相手にすらしていないというようにフードを脱ぎ去る。

 露わになったのは柿色の髪に赤い瞳をした三十代半ばくらいの男性だった。その左頬にはサイと同じで大きな火傷の跡がある。
 その瘢痕から目を離せずにいると、プリーモの冷え切った赤い瞳が私を捉える。

「お前の意見など、聞く価値はない。言うことを聞かないのなら、その命を奪うまでだ」

「……っ、そう。なら――」

 作戦通り、私はドレスの胸元に隠していた紙の包みを取り出す。それを素早く開封し、丸薬を口の中に入れて水もなしに飲みこんだ。

その瞬間、じわじわと身体の力が抜けていく感覚がした。天と地が何度も反転し、立っていられなくなった私は地面に手をつく。
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