異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「――おい貴様、なにを飲んだ?」

 サイがうずくまった私に駆け寄ろうとしたが、それよりも早くクワルトがそばにやってきて身体を抱きかかえてくれた。

「この丸薬……毒かも、解毒薬を飲ませないと。サイ、お姉さんを寝室に運んでもいい?」

「くれぐれも死なせるな」

「うん、だけど……今はお姉さんの要求を呑んだほうがいいんじゃないかな。この調子で何度も自殺を図られたら、うっかり死んじゃうかもしれないし」

「ふむ……一理あるな。プリーモ」

 確認を取るように王座を振り向いたサイだったが、プリーモの視線はクワルトに注がれていた。 

「クワルト、その女は本当に毒を飲んだのか」

「ま、間違いないよ。プリーモだって見たでしょ?」

「……いいだろう。我らの目的が達成されるまでは女の要求を吞め」

 それを聞いたクワルトがほっと息をつくのがわかる。寒気がしたと思ったのもつかの間、頭に靄がかかったようで思考が働かない私をクワルトが抱き上げる。その隣にサイが立つ気配がした。

「バン王子は俺が女の部屋に連れて行こう」

「うん、よろしく」

 そんな彼らの話し声を聞きながら、眠気に抗えず目を閉じる。ついに寒さも感じなくなり、私は漠然と『死』とはこういうことか、などと考えながら意識を手放した。




 スイッチを入れられたように目が覚めると、間近にローズさんの顔があった。

「オイコラッ、薬飲んで仮死状態になるとかバカだろ!」

 ドスの利いた声で説教をするローズさんに、私は目を丸くする。
 あれ、どうしよう、理解できない。ローズさんは『お前』なんて乱暴な言葉遣いは絶対に使わないし、語尾は『でしょ』で、『だろ』とはならないはず。
 
「もしかして、私……本当に死んだの? 目の前にいるのは誰?」

 自分の手首に触れて脈があるかを確認しつつ、ローズさんのそっくりさんを凝視する。すると、彼はあからさまに不機嫌そうな顔をした。

「誰って、どっからどうみてもローズ様だろうが」

 見た目は確かにローズさんだが、中身が誰かとそっくりそのまま入れ替わったみたいだ。例えるならエドモンド軍事司令官みたいだと、私はさらに混乱して飛び起きる。

「言葉遣いが完全に男じゃないですかっ、あと上品じゃない!」

「もうそこのガキから聞いたと思うけど、俺はバン・アストリア。れっきとした男で、オカマを演じてたんだよ。命狙われてたから、別人になる必要があったわけ」

 ドカッと私のいるベッドに勢いよく座ったローズさんは、女性らしさの欠片もなく煩わしそうに前髪を掻き上げた。

「でも、今日で取り繕う必要もなくなったな。俺の努力も虚しく、こうして捕虜になっちまったわけだし」

「な、なにはともあれ、ローズさんが無事でよかったです」

 衝撃は消えないけれど、目の前で男版ローズさんが動いて喋っているのを見ていたら、段々と慣れてきた。私は改めてローズさんが無事だったことに安堵する。

 そんな私の気持ちが伝わったのか、ローズさんはふんっと鼻を鳴らして顔を背けた。

「まあ、あんたのおかげよ。感謝するわ」

「あれ、今度は女性口調に戻りました?」

「あー……癖になっちゃってるわね。まあいいわ、あんた相手のときはこっちのほうが線引きになっていいし」

 ベッドから立ち上がったローズさんはいつも通り、肩にかかった長い髪を手で払う。その品のある仕草に見惚れながら、私は「線引き?」と聞き返した。

「あんたが鈍ちんでよかったわよ。さて、クワルト……だったかしら。あたしたちはこれからどうなるわけ?」

 私の質問をさらりとかわしたローズさんは、壁際に立っていたクワルトをちらりと見る。

 あらかたの事情は聞いているらしく、ローズさんはクワルトを完全にとは言わないが、協力者として受け入れている様子だった。

「これから若菜さんにはミアスマを払う聖女として振る舞っていただき、患者の治療にあたってもらいます」

「なるほど、若菜を祭り上げて民の信頼をレジスタンスに向けるつもりね」

 心底不快そうに言ったローズさんに、クワルトは肯定の意味を込めて頷く。

「そうです。ローズさんはこの部屋から出ることを許されてませんので、しばらくは監禁状態ですね」

「若菜をひとりにするなんて、シェイド王子に殺されるわ。なんとかしなさいよ」

 滅茶苦茶な要求を平気で押しつけるところは、ローズさんの王子という高貴な生まれからきているものなのだろうか。

「ローズさん、無茶言ったらダメですよ。クワルトだって立場があるんですから」

「攫っといて立場とか、しったこっちゃないわよ」

 正論ではあるのだが、クワルトが身を切る思いで大事な人たちを裏切り、私たちの味方をしてくれているのを考えるとそうとも言い切れない。
 クワルトはローズさんの圧力に困惑交じりの笑みをこぼす。

「はは……すみません。ですが、この国でローズさんがうろうろするほうが危険ですよ。この国でバン王子はミアスマを持ち込んだ大罪人になっているんですから」

 そういえば、私が攫われてきてすぐにクワルトがそう言っていた。
 でも、引っかかるのはローズさんが国を追われることになったときに止める者がいなかったのかという点だ。

「王子を処刑だなんてローズさんが疫病を巻いたっていう確実な証拠がない限り、国王も政務官も簡単にはさせないわよね」
 
 まさかローズさんがそんな愚行を働くはずがないので、虚偽の証拠を出されたに違いないけれど、それにしたってそれを父である国王が許すだろうか。

 わきあがる疑問に比例して眉間にしわを寄せていると、ローズさんが答えてくれる。

「国王も政務官も自国で流行っている奇病に頭を悩ませていたわ。だから、その奇病を祓えるかもしれないレジスタンスに肩入れしていった。あたしはその異質さに気づいて秘密裏にレジスタンスの調査を進めていたんだけど、途中でそれがバレちゃったのよ」

 そこからの出来事は私にも想像がついた。レジスタンスはローズさんを警戒して奇病を広めたのがバン王子だと吹聴し、先手を打って殺そうとしたのだ。

「まあ、ここからはクワルトの言った通りよ。そのとき十八だったあたしは奇病を広めた大罪人として命かながら亡命したんだけど、エヴィテオールの森で力尽きちゃってね。瀕死だったところを当時十歳だったシェイド王子に救われたってわけ」

 シェイドとは十五年来の付き合いだったのね。
 ローズさんとシェイドの間には騎士と王子としてだけでなく、友人に接するような親しみが感じられた。それは関係の長さからだったのだとわかる。
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