異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「うん、それにね。仕事柄、砂まみれ血まみれなんてあたりまえで、肌を保湿する時間もないし、寝てないからクマは酷いし……。とにかく、彼の前で残念な姿を晒してきたわけなのよ」

 冗談めかして話せば、エミリさんはぷっと吹きだす。彼女の笑顔に自虐した甲斐があったなと嬉しくなりながら、私はいちばん伝えたかったことを話す。

「でも、どんな姿を見せても、彼は決まって綺麗だって言ってくれたわ。それはたぶん、外見とかじゃなくて、私が看護師として患者に向き合う姿とか、そういう内面を褒めてくれたんだと思う」

 もともと容姿が整っているとはいえない平凡な顔立ちだし、出会ったときから私は薄汚れたナース服姿で決して綺麗な装いではなかった。

 それでも彼は初めから、私を綺麗なものを映したみたいに目を細めて眩しそうに見つめてくれていたのを知っている。
 そして、私がペストにかかったかもしれないと打ち明けたときも、自分が感染するのも厭わず抱きしめてくれた。

「私という存在の根底にあるものっていうのかな。そこを好きになってくれたんだってわかったから、私はありのままを愛してくれるその人と一緒に生きようと思ったの」

 生まれ育った世界を捨てても、シェイドの隣にいることを選んだ。その決意をさせてくれたのは、彼のそばにこそ私の幸せがあるという確信があったからだ。

「――ねえ、あなたの大事な彼は、あなたの姿が変わってしまったら愛してくれないの? そうだとしたら、彼の隣にあなたの幸せはあるのかしら」

 その手を握り問いかけると、エミリさんは考えるように目を閉じる。それから答えを見つけたのか、そっと瞼を持ち上げた。

「……たぶん、私が化け物になったって、好きでいてくれると思う。そう……信じたい」

「エミリさんが信じたい相手なら、怖がらずに会ってみたらどうかしら。いきなりそれが無理なら、病室の扉越しにでも話してみたら?」

「そう……だよね。うん、ちょっとずつ、あの人と面と向かって話せる勇気が持てるまでは扉越しに声を聴きたい」
 
 少しだけ表情が明るくなった彼女に「彼があなたに会いに来たら、そう伝えるわ」と言って立ち上がる。念のため彼の名前と容姿を聞いて病室を出た私は巡回を済ませて、クワルトの元へ戻ると――。

「若菜、潜入するのが遅くなってすまない」

 そこにはここにいるはずのない、軍服の上から外套を羽織ったシェイドの姿があった。頭が追いつかず、言葉を発せないまま部屋の入り口で立ち尽くしていると焦れた様子で近づいてきた彼が私を強く抱きしめる。 

「無事でよかった」

「あ、あなたは……なんて無茶をするのよ! 他の騎士の方々は? まさか、単身で乗り込んできたわけじゃないわよね?」

 その胸や腕に触りながら実在していることを確かめる私に、シェイドはこれが答えだとばかりにきつく腕の中に閉じ込めてくる。

「妻のために無茶をして、なにが悪い」

 開き直る彼を仕方ないなと思う半面、愛しさが増す。目頭が熱くなって、私はシェイドの胸に顔を埋めた。
 でも、うっかり鼻をすすってしまったので、私が泣きそうになっているのは察しているだろう。それでも気づいていないふりをして髪を梳いてくれる。

「クワルトから聞いた。今度は自分を攫った国の施療院で患者を助けているらしいな」

「そうだ、クワルトは……」

 シェイドの胸から顔を上げると、目のやり場に困ると言いたげに苦笑いしたクワルトが抱き合っている私たちを見守っている。その隣には、ひらひらと手を振るアージェの姿もあった。

「あ……ごめんなさい」

 人前だということが頭から抜け落ちていた。羞恥心のあまり顔に熱が集まるのを感じながら、そそくさとシェイドから離れようとしたのだが、逃がさないとばかりに腰に逞しい腕が回る。

「大体のことはクワルトに聞いた。俺はこの施療院の患者に扮してこの国に滞在し、今後の方針を決める」

 シェイドの言葉を聞いたアージェは額に手をあてて、あちゃーという心の声をもらしながら天を仰ぐ。

「王子も面倒くさいことするよねー。このまま若菜さんを連れて帰っちゃえば、それで終わりなのに」

「わかっていないな、アージェ。若菜は助けを求める者を前にして、逃げ出すような真似はできない。そういう責任感と博愛の心を持った女性なんだ」

 親愛を込めたシェイドの眼差しが私に向けられる。私の意思を尊重してくれているのだとわかって、自然と頬が緩んだ。
 シェイドは私の表情に満足そうに目を細めると、「それに」と付け加える。

「この国の問題を解決しなければ、何度でも俺の妻と優秀な騎士が拐かされる羽目になる」

「あー、二度と面倒事が起きないように一気にここで叩いとくってわけですね。じゃあ、俺は城に潜入して内情を探りますよ」

「話が早くて助かる」

 とんとん拍子に事が決まると、シェイドとはまた明日会う約束をして、私とクワルトとアージェは城に戻ることになった。




 翌日、私は施療院でクワルトやシェイドと共にコレラの発生源について考えていた。
 昨日から今日にかけて行った治療の効果はさっそく現れていて、患者はあっという間に話せるまでに回復している。動けない時期が続いて起き上がるのには介助がいるけれど、もともと重症化する前に手を打てば自然治癒が良好な病気なので経過は順調だ。
 看護師の常駐室に集まっていた私とシェイドとクワルトの三人は難しい顔を突き合わせながら、ひとつの机を囲むように立っていた。

「問診してみてわかったんだけど、メイヘラっていう魚を食べたあとに下痢や嘔吐をしたと訴える患者が多いわね」

 コレラの原因となりそうな食事について、話せるようになった患者から情報収集した私はふたりに報告する。
 すると軍服では目立つため、外套を羽織ったままのシェイドが考え込むように指先で自分の顎をさすった。

「メイヘラ……主な産地は確か、別大陸のサバラ王国だな。そこから仕入れた際に病原菌がこのアストリア王国に持ち込まれたわけか」

「メイヘラの輸入を一旦、止める必要があるね。シェイド王子がレジスタンスの監視下に置かれた町を出歩くのは危険だし、それは僕が請け負うよ」

 クワルトはそう言って部屋の出口の方へ歩いていくと、思い出したかのように私たちを振り返る。

「万が一、僕が不在の間にレジスタンスの人間が来たら、僕は城に報告へ向かったと伝えて。あとはうまくごまかすから」

 にっこり笑って、フードを被ったクワルトが部屋を出ていく。それを見送っていると、隣から「オルカ……」という呟きが聞こえてきて、私はシェイドの横顔を見上げた。
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