異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~




 明朝、私たちは加勢に来た月光十字軍と共にアストリア城へ乗り込んだ。
 エヴィテオールの突然の襲撃とマオラ王女が反旗を翻した事実に驚いたアストリア兵は数で有利だったのにも関わらず、あっという間に劣勢になる。
 国王の信頼するレジスタンスに従っているとはいえ、自分たちがなにを信じるべきなのか迷っていたのだろうことは彼らがマオラ王女の姿を捉えた瞬間の目に現れていた。
 守る相手である王女と敵対しているという事実を受け入れられていない様子からして、ローズさんが国を追われたとき、必ずしも国の総意で彼の処刑が決まったわけではないのだと思った。
 剣に迷いが生まれていたアストリア兵とレジスタンスの下っ端を押し切り、城の王間に突入すると、そこにはプリーモとサイとクワルトの姿がある。クワルトは裏切っているのを隠すためか、プリーモたちの仲間のふりをして私たちと相対していた。
 相変わらず我が物顔で王座に腰かけているプリーモに、シェイドは研がれた剣先にも劣らない鋭い眼光を向ける。

「城はじきに、マオラ王女の名の元に制圧される。民の命を脅かし、国を支配しようなどと考えている時点でお前たちに王たる資格はない」

「ふん、ただ王族の血を引いているというだけで優位に立ったような態度をとる貴様ら権力者は、口上だけは立派だな」

 王座から立ち上がったプリーモは鼻で笑ったあと、赤い瞳に殺意を浮かべて静かに大剣を構える。それを皮切りにして、そばに控えていた幹部のクワルトやサイも下っ端のレジスタンスと共に武器を手にとり、瞬く間に交戦が始まる。

「若菜さんは俺の後ろに」

 私の前に出たダガロフさんが近づいてくるレジスタンスたちを大きな槍を振り回し、一掃する。そこで怯んだ敵は月光十字軍でローズさんと肩を並べる俊敏さを持つ、アスナさんの双剣の餌食になった。

「ローズ、王子だったんだって?」

「それ、今ここでする話?」

 背中合わせにアスナさんとローズさんは敵を見据えている。この状況で余裕の笑みを崩さず、他愛のない会話ができる彼らがいれば敵の城にいようと恐れはなかった。

「自称でも王子でも、お前は俺のいちばんの相棒だってことは言っとく」

「あたし、一途な男は好きでもアスナみたいな不誠実な男は対象外よ。でも、一回くらいなら味見してあげてもいいかもしれないわね」

「うげえっ、ローズと一夜の過ちとか勘弁してくれ。俺、硬い胸板に抱かれるとか嫌なんだけど……」

 こんなときに、なんて不躾な話をしているんだろう。
 そんな私の心の声はダガロフさんの「お前ら、ふざけてる暇があるなら剣をふるえ!」というお叱りが代弁してくれた。
 その一方で、シェイドは刃の面が広い大剣の威力のある斬撃をサーベル一本で受け流し、プリーモを追い詰めていた。

「お前たちがどのような扱いを権力者から受けたのかは知らないが、今、お前たちがしていることは力を盾に弱き者を無理やり従わせる権力者たちと変わらないんじゃないのか」

 壁際まで後退を余儀なくされたプリーモは逃げ場がないにも関わらず、余裕を崩さずに口端で笑う。

「我々は権力に屈しない世界を作るために動いている。権力者たちに踏みにじられた世界を粛清し、変えるためにな。その尊い革命で生まれる犠牲はやむおえまい」

 シェイドに問われてもぶれることがなかったプリーモは、パチンッと指を鳴らす。その瞬間に大きな爆発音と揺れに襲われ、よろけた私をダガロフさんが受け止めてくれた。

「大丈夫ですか?」

「はい、でもこれは一体……」

 周りを見渡すと王間には謎の煙がたちこめていて、私たちの視界を遮っていく。月光十字軍の誰かが「火事だ!」と叫んだことで、ようやく自分の状況を理解した。

「くっ……全員、城の人間及び周辺にいる民の非難を誘導しろ!」

 煙にむせながらも、シェイドはレジスタンスを捕らえるより人命救助を優先するよう指示を出した。プリーモとサイが去っていくのをシェイドは悔しさを堪えながら見送る。
 私も煙で視界が不明瞭な中、彼らのあとを追おうとしていたクワルトを見つけて駆け寄った。

「待って!」

 とっさにその手を掴むと、クワルトが弾かれたように振り返る。

「若菜さん!? どうし――」

「あの人たちとじゃなく、私たちと一緒にいこう」

 彼の言葉尻に被せる勢いで引き止めるが、クワルトは寂しげに小声で「僕は行けないよ」と首を振った。

「どうして……あなたはレジスタンスの思想に賛同してるわけじゃないんでしょう?」

「うん、今はね。だけど自分の罪から逃げることも、あの人たちへの恩を無下にすることもできないから……」

 彼の言う罪とはレジスタンスとして多くの人を苦しめたこと、恩は身寄りがなかった自分を拾ってくれたプリーモやサイへの義理だろう。彼の葛藤がわかっているから、なにを言えば正解なのかがわからない。引き止める言葉が出てこない代わりに、その手を強く握りしめているとクワルトは微笑む。

「あなたはずっと変わらないね。優しくて、どこにいても僕のことを必死に助けようとしてくれる」

「え……?」

「――またね、若菜お姉さん」

 掴んでいた手がやんわりと振り払われ、クワルトが身を翻す。煙の中へ消えていくその姿に私は必死に手を伸ばした。

「その呼び方、やっぱりあなたはっ――」

 クワルトは湊くんだったんだ。
 憶測が確信に変わり、追いかけようとした私のお腹に腕が回る。後ろから抱きしめるようにして引き止めたのはシェイドだった。

「深追いするな。ここは煙の量が多い、崩れる危険がある。俺たちもすぐに脱出するぞ」

「ええ……わかったわ」

 そう返事をしながらも、諦め悪くクワルトが走り去っていった方角を見つめる。
 シェイドは私の様子がおかしいことに気づいてか、「若菜?」と心配そうに名前を呼んできた。
 いけない、今はここを出ないといけないのよね。
 私が動かないとシェイドも逃げられない。クワルトならきっと大丈夫だ。私たちに加担していたと知られても、プリーモたちは家族同然。命を奪われるようなことはないはずだ。

「ごめんなさい、行きましょう」

 自分に言い聞かせてシェイドを見上げると、その瞬間になぜか抱き上げられた。
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