異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「そして今一度、王族ではなくこのわたくし――マオラ・アストリアを信じてはもらえませんか。今やこの国はレジスタンスと呼ばれる者たちに占領され、王政もままならない。わたくしは彼らから王権を取り戻し、この国の秩序を取り戻したいのです」

 その迫力は凄まじく、王女の声にその場にいた人間は圧倒されて言葉を発することもできない。人を惹きつける力が王族には生まれながらにしてあるのかもしれないと考えていると、民衆の心がマオラ王女に向いたところでシェイドが援護する。

「マオラ王女の意志にエヴィテオールの王子であるこのシェイド・エヴィテオール、及び精鋭の騎士たちも助力させていただく」

 シェイドに付き従うように、ローズさんはそばで片膝を立てて座る。彼はアストリアの王子ではなく、騎士として民の前に姿を現すと決めたのだ。

 あれから十五年も経ち、容姿も変わって誰も彼がアストリアの王子であることに気づかない。それでもローズさんは構わないというように晴れやかな顔で控えている。

 国王不在とはいえ、大国のエヴィテオールの庇護を受けたマオラ王女に反対する者などもはやおらず、一斉に歓声があがる。
 無事に民の信を得た私たちは一旦施療院に戻って、国の主導権を取り戻すためにレジスタンスの一掃を企てることになった。

 看護師の常駐部屋でひとつの机を全員で円になるように囲むと、シェイドが向かいに立つクワルトに尋ねる。

「レジスタンスの幹部は全部で五人だったな。全員、この城にいるのか?」


「いや、今回はプリーモ、サイ、そして僕の三人でこの一件に関わっていたんだ。レジスタンスは全国で暗躍していて、別の仲間は他国にいる」

「以前、ミグナフタ国で起きた厄病騒ぎのとき、広場にミヤスマを祓うと謳って民を懐柔しようとしていた人間がいたが、あれはお前たちの仲間か?」

 あれは確か、エグドラの町でペストが流行っていたときのことだ。
 広場にいた黒いローブの人たちが多額の金を請求してミアスマ――病気の原因である瘴気を祓うというもので、シルヴィ先生がインチキ聖職者だと忌々しそうにこぼしていた。
 あの怒涛の日々が私の脳裏を駆け巡っていたとき、クワルトは悲壮の表情をした。

「レジスタンスが関わっているのは間違いないよ。ただ、基本的に幹部は矢面には立たない。素性がばれないように人を使って国を乗っ取るんだ。だからきっと、ミグナフタ国の疫病騒ぎに乗じて民を惑わそうとしたその人はレジスタンスの下っ端だと思う」

 あのときはエグドラの人たちを助けることで必死だったけれど、この世界では私の知らないところで多くの思惑が動いているのかもしれない。国同士で争い、民が暴動を起こし、過去に権力者に惨い仕打ちを受けた孤児たちが国に革命を起こしたり。ここに来て一年になろうとしているが、私は少しも争いの絶えないこの世界の悲惨さに慣れない。

「レジスタンスの脅威は案外、大きいな」

 難しい顔で腕を組んだシェイドだったが、思考を中断するようにすぐに首を横に振った。

「この件に関してはあとで詳しくクワルトから聞くとして、今はアストリアの奪還が先だ。洗脳された王族や政務官の賛同が得られなくとも、城を制圧する覚悟はできているな?」

 最後の確認だとばかりに尋ねるシェイドに、ローズさんとマオラ王女は頷く。ふたりの意志を受け止めたシェイドも同じく首肯で思いに応える。

「よし、それならいいだろう。なら、侵入経路についてさらおう」

「アストリア城には王族だけが知る地下通路があるわ。そこを使って、侵入するのはどうかしら」

 ローズさんが机に広げられた城内部の地図に羽根ペンで地下通路のある場所を書き込む。それを覗き込んだアージェは後頭部のあたりで手を組みながら、「うーん」と煮え切らないうめき声をもらす。

「その地下通路は洗脳された国王から、レジスタンスの耳にも伝わってるんじゃない?」

「それはないわよ。幸か不幸か国王は洗脳を受けてすぐに自我が壊れちゃったから、まともに思考が働いてないの。だだそこに座って息をしているだけ、会話なんて成立しない廃人よ」

 口調こそあっさりしているけれど、ローズさんの言葉には苦悩が滲んでいた。それに誰よりも責任を感じているだろうクワルトが「レジスタンスの間でも地下通路の情報は回ってないよ」と情報を開示する。
 部屋の空気が重く濁ったが、それを断ち切るようにシェイドが続ける。

「……では、その地下通路を使うとしよう。レジスタンス側に取り込まれているアストリア兵とは少数精鋭の月光十字軍を送り込んで対抗する。話は聞いていたな、アージェ」

「はいよ、王子。俺は国境線で月光十字軍と待機しているダガロフ団長とアスナさんのところに伝令に向かえばいいんですね?」

「ああ、ダガロフとアスナに月光十字軍の指揮は任せてある。ふたりなら絶妙なタイミングで加勢に来るだろう。決行は明朝と伝えてくれ」

 アージェは「了解」と言って、煙のように姿を消した。
 こうして明日の朝にアストリア城の制圧を控えた私たちは、クワルトを除いて施療院で待機することになった。




 作戦前夜、そわそわして落ち着かず、とてもじゃないが眠れなかった私は治療院の一室でシェイドとその時が来るのを待っていた。

「王宮に帰還したら、今度こそ若菜と結婚したい」

「まさか、あんな形で結婚式が中止になるなんて思ってもみなかったものね」

 私はたちはランプの淡い橙の明りに照らされた部屋の窓際に立ち、身を寄せ合いながら夜空に浮かぶ月を見上げていた。
 その逞しい胸に頭を預けて、聞こえてくる心音に不安がかき消されていくのを感じているとシェイドはさらっと言い放つ。

「その罪状に関しては、きちんと責任をとらせないと気がすまない」

 今のが冗談であることを願いながら、私は振り返って黒い笑みを浮かべる彼に「怒ってる?」と聞いてみた。

「少しな。レジスタンスを摘発したあかつきには、死よりも苦しい罰を科して反省させることにする」

「全然、少しじゃないじゃない……」

 苦笑いしつつも、それだけ夫婦になる日を彼が望んでくれているのだとわかって、私の心には多幸感が満ちる。

 ふたりで帰還したら、結婚式をやり直す。そんな約束をして、私たちはゆっくりと明けていく空を寄り添いながら眺めるのだった。
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