異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「そうよね、この村には若い人をが少ないわよね」

「それはたぶん、仕事のある城下町に移り住む者が多いからだろうな。この村で若者が働きたいと思えるような職があればいいんだが……」

 ふたりで難しい顔をしながら、採れたてで見るからにみずみずしそうなブドウを眺めていると、どこからか明るい声が飛んできた。

「あらまあ、あんたたちもいたのかい」

 シェイドと同時に声のした方へ視線を向けると、大きなカゴバックを抱えたドーズさんが歩いてくる。

「男がふたりもいるんなら、もっと作ってくればよかったかねえ」

 目の前にやってきたドーズさんは、そそくさと地面にランチマットを敷き始めた。その中央には円形のパイとワインボトルが置かれ、私もグラスを並べるのを手伝う。

「ドーズさん、どうしてここに?」

「ほら、ここのじいさんは奥さんに先立たれてひとり暮らしだから、息子夫婦も城下町に移り住んじまったし、ときどき村の人間が様子を見に来てるんだよ。あたしはこれを差し入れに来たんだ。あ、じいさんを呼んできてくれるかい?」

 ドーズさんに言われた通りおじいさんを連れてくると、四人で休憩がてらお茶会をする。ドーズさんの作ったパイはぶどうの酸味と甘みが絶妙でサクサクだった。ブドウ酒も香りが強くまろやかな舌触りが癖になりそうだ。

 昼間から贅沢な気分を味わっていると、ドーズさんは自慢げに話しだす。

「このパイとブドウ酒は、じいさんのぶどうからできてるんだよ」

 ドーズさんの話を聞いていたシェイドは、グラスの中で揺れる完璧に熟したルビー色のブドウ酒を日に透かせてまじまじと眺める。

「この村で採れるブドウは酒にしてもパイにしてもうまいんだな。そこを活路にして、村に仕事を根付かせられないだろうか」

 記憶を失っても、彼は民の生活を豊かにしよう考える。王子の目線で物事を見つめているシェイドに、根は変わらないのだと嬉しくなった。

「価値のあるものは値が張っても、どんなに手に入りにくいものでも足を運びたいと思うものだ。どんな物も店も繁盛させるには、その良さを知る者を増やしていく必要がある」

 いわゆる口コミというやつだろう。生き生きと話すシェイドを後押しするように、私は浮かんだ案を意見する。

「まずはパイやブドウ酒を人の集まる町で、露店を開いて飲んでもらうのはどうかしら?」

「それは名案だな。そちらの軌道が乗ったら、この村でブドウ酒やパイの専門店を作ればいい。ゆくゆくはおじいさんが人材育成や経営面での管理業務を担い、身体的負担なくこれまで培った知識や技術を存分に生かすんだ」

 矢継ぎ早にアイデアを出していったあと、確認をとるために置いてきぼりになっていたおじいさんを見る。
 すると、呆気にとられていたおじいさんは盛大に笑いだした。

「若者は元気だのう! わしもこのブドウ園を任せられる人間を探しておったからな、兄ちゃんの言ったとおりになれば願ったり叶ったりじゃよ」

 実現するのか半信半疑な賛同だったが、おじいさんの許可を得たので私たちはさっそく町に仕入れに行くという村の行商人に頼んで、ドーズさんが作ったパイとブドウ酒を取引先のお店に置いてもらった。

 私とシェイドは城からの迎えがあるのでここを離れられないため、露店は村人が率先して城下町へと出店しに行っている。
 地道な宣伝が功を奏したのか、この村のブドウ酒とパイは瞬く間に人気を集めた。

「ブドウ酒とパイを目当てに、こんな辺鄙な村に人が集まってくるなんてね」

 おじいさんは目に涙を溜めながら、ブドウ園の中に作ったブドウパイとブドウ酒の専門店を見つめる。あの中ではドーズさんを筆頭に村の女性たちがブドウパイを振る舞っており、噂を聞きつけた客が押し寄せてきて大盛況だ。

「ふたりのおかげじゃよ、なんて言ったらいいか」

「いや、おじいさんがブドウを大事に手間暇かけて作ったから、この結果がある。俺たちはほんの少し、手を貸しただけだ」

 そうは言うけれど、シェイドは限られた資源でどうすれば多くの人に食してもらえるのかを考えて的確に物や人を動かした。

 たったの一週間半で村を本当に豊かにしてしまうのだから、その手腕は彼の国を治めてきた経験からきたものだろう。

 ブドウ園の中から活気に溢れる村を眺めていると、アストリア城にいる月光十字軍に伝令を頼んでいたドーズさんの旦那さんが走ってくる。

「若菜さん、迎えが参りました!」

「あ……ありがとうございます! 帰るまでに、いろいろ間に合ってよかったわね」

 隣を見上げながらそう言うと、シェイドは満足げに「ああ」と頷いた。

 こうして村を去ることになった私たちを村人たちは見送りに来てくれたのだが、シェイドが王子だったと知って騒然としていた。

 それもそのはず、皆は彼を兄ちゃんやそこの美丈夫さんと親しみを込めて呼んでおり、まじてや狭い小屋の中で生活させていたのだ。

 けれど、シェイドはこの生活が楽しかったらしく、「もう少し村にいたかった」と帰りの馬車でもらしていた。

「えっ、もうアストリア城には戻らないの?」

 馬に乗った騎士の皆さんに囲まれるようにして走る馬車の中で、アージェから私とシェイドがいなくなったあとの出来事を聞いていた。

「同盟国のミグナフタの砦が何者かに制圧されたって伝令があったんだ。エヴィテオールにも援軍の要請が入ってるからね。急遽帰還することになったんだよ」

「そんな……っ、ミグナフタの砦の兵士たちは無事なの?」

 ニドルフ王子との王位争いの際に、命かながら敗走してきた私たちを最初に受け入れてくれたのはミグナフタ国の砦の兵士たちだった。
 彼らの顔が頭に浮かんで、身体中の血液が凍るような心地になる。

「それが今のところ占領した者も負傷者も不明なんだって。だから、アストリア国にはローズさんをマオラ王女の補佐役に残して、俺たちは撤退してきたってわけ」

「お前はアージェ、だったな。俺たちを崖から突き落とした犯人の行方は?」

 シェイドが記憶喪失であることは王位を狙う者や他国には絶対に漏らせない国を揺るがす機密事項のため、月光十字軍の中でも特に信用できる騎士の皆さんとアージェにだけは話してある。

 けれどアージェもまさかあの王子が記憶喪失だなんて、と疑っていたのだろう。少なくとも、今その目で確認するまでは。
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