異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。~王子がピンチで結婚式はお預けです!?~

「若菜、それはなんだ」

 机にかじりついていた私が振り返ると、今のいままで公務があったのか、軍服を着ているシェイドが立っていた。

「シェイド、まだ仕事してたの?」

 ニドルフ王子との王位争いで医療や商業、農業といった民が必要最低限の生活をするために必要な機能が打撃を受けた。

 王宮には毎日、山のように復興支援の嘆願書が届き、政務官やシェイド自身も馬車馬の如く働いている。

 月光十字軍を含む王宮騎士団、王宮医師や王宮看護師たちも貧しいがゆえに頻発する民同士の内戦を止めるために奮闘中だ。

 この間も内戦の平定から帰還したばかりだし、シェイドは目を離すと無茶ばかりして、きちんと食事をとっているのかも怪しい。ときどき念を押しておかないと、寝ないで書類と対峙していそうなので心配になる。

「最近忙しすぎるんじゃない? 身体を壊すわよ? お願いだからちゃんと休んで。あと、辛くなる前に私に相談すること」

 椅子に座ったまま身体の向きを変えて問い詰めると、シェイドは深いため息をついて私の頬に手を添えた。

「そっくりそのまま、言葉を返したいくらいだ。歯止めが利かなくなるのは、どちらかというとあなたのほうだからな」

「最近はゆとりがあるから、前みたいな無茶はしてないわよ? 治療館の皆はもう教えることなんてないくらい育っているし、むしろ助けられてるもの」

 なにより、出会った頃は新米だったマルクの医師としての成長ぶりは誰よりも著しかった。今では看護師たちにきびきびと指示を出して、短時間で多くの患者を救っている。

「若菜はマルクや看護師たちの話をしているとき、患者の手当てをしているときは母親みたいな顔をするな。優しく包み込まれているようで、俺のいちばん好きな表情だ」

「なっ……によ、急に」

「そうやって照れているあなたの顔が見たくて、言ってみただけだ」

 赤くなっているだろう私の顔をまじまじと眺めるシェイドに心臓がうるさいくらい騒ぐ。恋愛方面では年下の彼には翻弄されてばかりで、一生かけても敵う気がしない。

「それで、あなたはなにをしにここへ?」

 照れ隠しに髪を耳にかけながら話題を変えると、シェイドは窓に背を預けるようにして寄りかかった。

「この間のローブの男の件だ」

「……っ、それって……」

 あの銀髪の青年のことだろうか。
 胸がざわついて、私は無意識のうちに視線を下げる。それに気づいているのかいないのか、シェイドは淡々と告げる。

「あれからローブの男について、宿屋の女主人や町民から話を聞いた。井戸を造ったのは銀髪にサファイアの瞳の男だったそうだ」

 ――それって、やっぱりあの青年のことだわ。
 どうしてなのか、ショックでたまらなかった。悪意の有無に関わらず、目的がなんだったにせよ、彼のしたことで多くの人が苦しんだのだ。知識がないならなおさら、不衛生な井戸を造った罪は重い。

「若菜、顔色が悪いな」

「そ、そうかしら」

 本来なら森でその男を見たと報告しなければならないのだろうが、黙ってしまう私は後ろめたさから俯く。
 そんな私の迷いに気づいたらしいシェイドは「わかってる」と、断定的に告げた。

「若菜がなにに悩んでいるのか、俺はわかっている」

「……そう、よね。ごめんなさい、変な態度ばかりとって」

 シェイドは王子という立場からか、洞察力が鋭い。隠し通せるわけないのだけれど、青年のことを話せずにいる私の考えをシェイドが代弁する。

「その懐かしさを感じるという男を犯人だと認めたくなかったんだろう」

 ああ、きっとそうだ。あの青年が犯罪に手を染めたかもしれないとショックを受けたことも、庇おうとしてしまうのも、理由は定かではないがシェイドの見解がストンッと胸に落ちてくる。

 返事の代わりに頷くと、シェイドはふっと笑って私の前髪をかき上げる。そのまま顔を近づけてきて、額に口づけた。

「シェイド?」

「今はなにも聞かない。ただ、話したくなったらその胸の内を聞かせてくれ」

 シェイドは全てわかった上で、犯罪者を庇うという裏切りにも近い行為をしている私を受け止めてくれている。
 私はシェイドの軍服を掴むと、屈んでいる彼の胸に顔を埋めた。

「ごめんなさい、それから……ありがとう」

「若菜、そんな泣きそうな声で謝るな。朗報がある」

椅子に腰かけている私をシェイドは立ったまま抱きしめて、少し声を弾ませる。彼の腕の中で顔を上げた私は「朗報?」と首を傾げた。

「ああ、式の日取りが決まった」

「式……結婚式!? そういう夢を見たってオチじゃないわよね? 働きすぎて願望を現実だと思い込んじゃってるとか、あなたならあり得るわ」

 半信半疑の私に、シェイドは「そんなわけがないだろう」と苦笑いする。
 復興支援に追われて、一日だって休める状況ではない。結婚式なんて、てっきり何年か先になると思っていた。

「最近は特に忙しかったはずなのに、いつのまに結婚の話を進めてたの?」

「日中は町の視察やら内戦の平定に追われていたからな。夜中に政務官たちを集めて、俺の王位継承を餌に式の日取りを早急に取り決めるよう発破をかけた」

 私情も絡んでいる気がするが、百歩譲って王位継承は急ぐ必要がある。国の舵をとる王が不在というだけでも、領地を狙った他国から狙われる原因になりかねない。

 現在はシェイドが国王の業務を代行しているため、彼が国王になることに反対意見の者はいないはずだ。

「でも、時間的に余裕がないんじゃないかしら?」

「そう思って先送りにしてきたんだが、いつまで経っても暇なんて来やしない。それで最近、気づいたんだ。時間は作るものだってな」

「正論といえば正論ね」

 笑顔を引き攣らせつつも、こんなにも自分との結婚を彼が心待ちにしてくれていたのかと感動する。こういう準備は女性ばかりが一生懸命にして、男性はあまり興味がないイメージだったのだ。
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