似非王子と欠陥令嬢
キャロルは混乱で頭の中が真っ白になる。

自分は確かにあの時心臓を鷲掴みにされる様な痛みと母親の姿を覚えているのだ。

でも本来あの禁術に痛みなどないと言うならば。

一体自分が感じたあの痛みは何なのだ。

本来魔力を暴走させる事なく死んでいたはずだと言うがキャロルは実際暴走させ今はまだ生きている。

何があったんだ。

あの時母親の禁術が狂う何かがあったのか。

「……あ。」

ふっと今まで思い出した事がなかった光景が脳裏を過ぎった。

自分を背にして立つ真っ黒な背中。

幼い自分を覆うようにその背中は大きかったが年や性別は分からない。

一瞬だけ振り返ったその顔は覚えていないが覚えているのは笑った様に見えた口元。

…あの時誰かがいたのか?

その人物が母親の禁術を狂わせた?

「…誰かがいたんです。
真っ黒な服を着てて顔は見えなかったけれどその人の口元が笑ったのは見えました。」

キャロルの呆然とした様な呟きにルシウスが目を見開く。

「誰かがいた?
禁術をかけられた時かい?」

「はい、恐らく。」

ルシウスが口元を抑え眉間に皺を寄せた。

「…真っ黒な服で顔は覚えてないけど口元が笑っていたのは記憶している。
もしかしたらそれは顔を覚えていないんじゃなくて見えていなかったのかもしれないね。」

「見えていない?」

「その人物が例えば黒いローブを着た魔術師だったならフードを被っていてそもそも口元しか見えなかったとも考えられるだろう?」

そうか。

口元だけはっきりと覚えていて他の部分を全く覚えていないと言うのも不自然だ。

でも最初から見えていないのであればそれは当然の事だと考えられる。

「その人物がキャロルを庇ったのか母君と共に禁術をかける仲間だったのかは分からないが結果的に禁術は失敗し母君は亡くなっている。
その瞬間母君とその人物の間に何かあったと考えていいと思うよ。」

「一体何が…。」

「全く検討もつかない。
でも禁術を阻害したならばその魔術師にも何かしら被害は必ずあったはずだ。
私は当時の病院や治療院にかかった魔術師を調べてみるよ。
何か分かるかもしれないからね。」

「私は兄様と家の近所の方々にあの日誰か見ていないか聞いてみます。」




10年前、頑丈に閉じられた箱の鍵がカチリと音を立てた様な気がした。

『パンドラの箱は開けてはいけない』

キャロルは何となく嫌な予感がしその考えを振り払う様に頭を振ったのだった。
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