きっともう好きじゃない。


「ま、まおちゃん……?」


雑音だけが、向こうから聞こえる。

たぶん、向こうにもわたしの声は雑音と一緒に届いてる。


『なに』


「あの……かおると一緒にいるって、聞いたから」


『それだけ?』


それだけ、と言われたらそれだけだ。

薫に何の用があったの? って聞きたいけど『和華には関係ない』って言われそう。

そんなの普段からたまに言われていたことだし、他意があってもなくても今なら泣いてしまう自信がある。そんな自信いらないのに。


「それだけ。ごめんね、何度も。じゃあ……」


『なあ、和華』


止められないかなってちょっとだけ思ってたけど、いざ遮られると嫌な汗が背中を伝う。

飲んだ唾の音まで、まおちゃんに届いていそうで。


『何か俺に渡すもの、ない?』


咄嗟に、ない、って言えたらよかった。

妙な間を作ってしまったから、間に沈黙が落ちる。


びっくりしたんだ。

まおちゃんがそれをわたしに言ったこと。


前にバレンタインのことを聞いたとき、まおちゃんは『待ってる』って言ってたけど、それってまだ継続されてる?

わたしが持ってくるの、待ってた?


聞きたいけど、どれも聞けない。

だってもう、わたしの手元には何も無い。

薫にあげるものを、まおちゃんに渡したくはない。

まおちゃんにあげるなら、あの鳥と葉っぱとお花のチョコレートがよかった。


もう、届かないし取り返せないチョコレート。


『和華? 泣いてる?』


「ないてない」


『泣いてるな』


ぼろって溢れたから、慌てて手で掬う。

手のひらの溝に一滴二滴と垂れてぶつかって、ひとつになる。

わたしとまおちゃんも、ぶつかってひとつになりたかった。

ぶつかって、ずっと遠くに跳ね飛ばされてしまったもんね。


「まおちゃんの、が、学校って……」


鼻水を啜りながら、もうまおちゃんに泣いてることを隠す気もない震える声で聞く。


『はいはい、ゆっくりでいいから』


いつものまおちゃんだ。

いつもの、優しいまおちゃん。

昨日の怖いまおちゃんの片鱗もない。


「チョコレートひとつももらえなかった男の子、どうしてるの?」


途切れ途切れに、繰り返したり一言戻ったりしながら、ちゃんと伝えた。

結局まおちゃんに聞くんじゃん、わたし。

机の上のビニール袋、印字された学校名を見つめながら返事を待つ。


『どうって……そりゃあ、なんか、菓子でも買って集まるんじゃねえの』


「それだけ?」


『いや、本当にそうかは知らないけどな』


まおちゃんの声、困惑してるときの感じ。

篠田さんの言ったようなことが本当にあるのなら、まおちゃんはそれをいちばんに言うと思う。

ということは、たぶんバレンタインにあんな風習、ないんだ。


「うん、わかった。ありがとう」


『何だったんだよ』


「なんでもない、ごめんね」


思っていたよりずっと、普通に話せた。

ホッとして、でもやっぱり少し寂しくて。

昨日のことをまた思い出して、泣きたいのか顔を赤くしたいのかわからない。

まおちゃんは、今どんな顔をしているかな。


『おやすみ、和華』


「おやすみ、まおちゃ……」


『お返し、楽しみにしてる』


「……………え?」


わたしの声と通話が途切れる音が重なった。

待って、まおちゃん、何て言った?

お返し? 楽しみにしてる?

まおちゃんが楽しみにする側ってどういうこと……


そこまで考えて、ハッと机の上のビニール袋に飛び付く。

さっきはよく見なかったマフィンの包装を取り出して四方から見回すけど、何の変哲もないマフィンだ。

だからこそ、これを誰が作ったのかは本当にわからない。


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