きっともう好きじゃない。
呆然とマフィンを持って立っていると、薫が部屋に入ってきた。
相変わらず、ノック無しでズカズカと。
「わかった? それ、眞央からだって」
「うん、今わかった」
まだ信じきれずにいたのに、薫があっさりと種明かしをするから。
頭を抱えたらいいのか、笑えばいいのかわからない。
どっちともつかない、口角が震えるような顔をしていると、薫から容赦のない言葉が飛んでくる。
「顔、ゆるっゆる。きもいよ、姉ちゃん」
「これは、嬉しいのかな」
「はあ?」
わたしが言い出したことの意味がわからないんだよね。
大丈夫、わたしもわかってない。
「姉ちゃん、まだそれを俺と分けたいって思う?」
「思わない。ひとりで食べる」
「じゃあ、そういうことなんだろ」
一足先にわかり切ったような顔で頷いて、誰よりも大きな箱で用意した薫のチョコレートを持って部屋を出ていこうとする。
「これ、ありがと。ハッピーバレンタイン」
いいよね、薫は。
置いていった言葉通りの日で。
わたしはそうじゃないんだよ。
ずっと薫には背中を向けていたから、わからなかったと思うけど。
なんでか、涙が止まらない。
マフィンをひとつ取って、食べる。
プレーンだと思っていた方はほのかにホワイトチョコレートの風味がある。
そんなに強くなくて、食べやすい味。
もうひとつのチョコレートの方を手に乗せたとき。
「あっ!」
斜めにしたわけでもないのに、生地が少しだけ片寄っていたせいか、ぐらついたかと思うと床に向かって落ちていく。
ぺしゃ、と音を立ててラグとフローリングの境目に落ちたマフィン。
欠片が散らばる。
そんなことがまた涙腺を刺激して、泣き出してしまう前にマフィンを拾った。
目に見えない埃を吐息で飛ばして、捨てるなんてことは考えずに、ぜんぶ食べる。
「……おいしい、まおちゃん」
届かないけど、言いたかった。
まおちゃんがはっきりとは言わなかったように、わたしがこれを作ったのをまおちゃんと断定してお礼を言うわけにはいかない。
あくまでも、篠田さんが買ったものをもらった、と扱わなければいけない。
たぶん、それが悲しかったんだと思う。
まおちゃんからのものとして、受け取りたかった。
こんな、すごく遠回りをして知りたくなかった。