初恋の花が咲くころ
鬼の秘書(仮)に任命されました
部署の先輩への対処は、どうにかしておく。という鬼の桐生の解決策は、とんでもない方法だった。
次の朝、いつもの時間に出社すると、入って来た咲を見て、可哀想にと肩をたたく先輩たちに囲われた。
次々に浴びせられる「頑張って」「応援してる」「ありがとう!」という励ましの言葉がかけられた理由は、咲のデスクに貼ってある紙で判明した。
〈成瀬 咲。本日より、編集長の秘書に任命する〉
「嘘でしょ…」
デスクの上にあった私物も、引き出しの中身も全てなくなっている。
「今日、朝早くに業者さんが来て、君のモノ全てを編集長の部屋へ運び込んだみたいだよ」
咲の席の近くに座っていた、先輩が気の毒そうに言った。
「もし、何かあれば言って下さい。相談だけは乗れますから」
今にも倒れそうな程、ストレスを抱えていそうな副編集長の向田さんが隣に来て言った。退院してから、また多くの案件を抱えたため、さらにやつれた気がする。これ以上、向田さんを追い詰めたくはない。
「ありがとうございます」
気持だけ頂くことにした。


やっぱり編集長の部屋に入るのはなぜか緊張する。そして、これからこの中が自分のオフィスになるのかと思うと、さらに不安が募って来た。
「立ってるだけじゃ開かないぞ」
急に後ろから声がして咲は飛び上がった。桐生だ。今日も真っ黒のスーツを身にまとっている。
「編集長室へようこそ」
そう言ってドアを開け、さっさと自分だけ中に入って行った。
咲はもう一度深呼吸をし、ドアノブに手をかけた。
「これで、俺たちが一緒にいようが、誰も気にしないだろう?」
デスクに着くと、桐生が得意げに言った。
「これもあやめの為ですか?」
あやめの情報を得るためだけに、こんなことをしてしまう編集長を呆れたように見つめる。
何を考えているのだ、この人は。
「もちろんだ」
ハッキリ答える桐生は、潔い。しかし言葉には続きがあった。
「それから、俺の秘書になれば、デザイン部へ行く回数が増える。俺に付いて回りながら、みんながどんな仕事をしているのか観察するといい。ここでじっと編集の雑務をしているよりは、デザイン部への異動が容易くなると考えた」
咲は言葉が出なかった。
何も考えてないと思っていたが、ちゃんと咲の要望も叶えようと努力してくれたことに、感動さえ覚える。
「ありがとうございます!私、秘書の仕事頑張ります。出来ることは何でも言って下さい!」
「よし、良い返事だ。では、まず、月島の好きなタイプから教えてくれ」
真顔で聞いてくる鬼の編集長の顔を、本気で殴りたいと、初めて思った。
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