初恋の花が咲くころ
「まだ心の準備が整わないんだ!」
完全に逆切れだ。
何をいい歳した大人が、お礼の一つや二つも言えないなんて…。しかもそれが編集長をやっているなんて。
「その曲がりくねった性格は直すのが難しくても、見た目を変えれば少しはマシになるかもしれません…」
咲は、どうにか社員への印象を変えて、双方にいい効果を生み出したいと考えているのだが、それは無理なのだろうか。
「性格がって、お前言うようになったな」
むっとしている桐生の言葉を無視して、咲は続けた。
「そもそも編集長は、見た目が怖いんですよ。身に着けているものが変わるだけで、印象も軽くなるんじゃないですか?社員ももっと心開きますよ、きっと」
自分の言葉だけじゃ、編集長を動かせないと知っている咲は、インパクトの強い効き目の高いセリフを付け加えた。
「それに、そのスーツはあやめにも受けが悪いです」
これまで、咲の小言など聞きたくないと、窓の外を見ていたくせにパッと振り返った。
「そうなのか?」
「黒いスーツに、黒Yシャツに黒いのネクタイって。お葬式じゃないんですから」
これは完全に咲の意見だ。
「そ、そう月島が言ってたのか?」
デスクを周り、咲の目の前までやって来た。目から焦りが見てとれる。
「ま、まあ…」
目を逸らして答える咲の腕を掴んで言った。
「よし、来い」
「え?ちょ…」
編集長室から、颯爽と出て行く桐生に、引きずられるようにして後ろからついていく。
「今から、出てくる」
「は、はい!」
そう元気よく返事を返した向田さんに、「助けて」と口をパクパクさせて伝えるが「頑張って」とエールを送られて終わった。


「いつものとこへ」
会社の入り口で待機していた車の前にいる運転手に桐生は短く伝える。
「お前も乗れ」
反対側へと押し込められ、咲は観念して普通とは思えない中身のつくりの車に乗りこんだ。
なんとシートが革で出来ている。そして車内は特に暗くもないのに、ドアの下から、青いライトがついている。人生で乗った車の中で、一番高級なのは見て取れた。
「どこに行くんですか?」
「買い物だ」
桐生は窓の外を見ながら言った。
「はい?私、仕事があるんですけど!」
桐生は、なんで雑用係のお前が?という馬鹿にしたような顔をして咲を見つめた。
「本当ですよ!向田さんにも頼まれたお仕事がありますし、他の先輩方にも…」
「これは緊急事態だ」
真面目な顔でそう言われてしまうと、口を閉じるしかなかった。
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