初恋の花が咲くころ
パソコンがメールを受信したピロンという音を聞いて、咲は目を覚ました。
隣を見ると、寝顔も美しいあやめが爆睡している。
「頭痛い…」
体を起こすと、激痛が頭を襲った。昨日の「勝手に応募事件」のあとヤケになって、ビールもワインも開けて、朝まで飲み明かしてしまったのを思い出した。
一旦、頭をすっきりさせようとお風呂へと向かう。熱いお湯を浴びている内に、だんだんと目が冴えて来た。昨夜のやり取りを頭の中で反芻する。


「絶対嫌だよ!だってここ、編集部じゃん。私、ライティングの経験ないし、そもそもデザインの仕事がしたいのに!」
「もう、分かってないな~。いい?私が働いている雑誌はね、編集部、デザイン部、営業部の大きく分けて3つあるの」
いつの間にか酔いがさめているあやめが、会社のHPを指さしながら言った。
「結構、お互いのバンド(繋がり)がしっかりしている所だから、内部での部署の異動は特に珍しいことじゃない」
また自分の言いたいことが理解できていない咲の表情を読み取って、あやめは「もうおバカちゃん」とため息を吐く。
「つまり、もし、編集部で働いていても、デザイン部への異動は…」
「…不可能ではない」
続きの言葉を引き取って、咲は呟いた。
「いやいや、でも…」
「他の企業のデザイナー募集を待って、カフェでアルバイトを続けるより、よっぽど現実的だと思うけど」
咲の心の内を読んだかのように、あやめは畳みかける。
「それにね、うちの雑誌、フランスに支社があるみたいよ」
咲は顔を上げて、あやめを見つめた。
小さな頃にみた劇場のポスターに感動して以来、夢はずっとグラフィックデザイナーになること。大学卒業時に、あやめと二人で行ったパリ旅行で、街中にあふれるデザインに衝撃を受けた。それからはずっと、パリという街に夢中なのだ。そして出来上がった大きな夢が、パリでグラフィックデザイナーとして働くこと。

「このチャンス、掴んでみようかな。まずは、受かればだけど…」
シャワーの栓をひねりながら、咲は一人呟いた。

お風呂から上がると、いつの間にか起きていたあやめがPCをのぞき込んでいた。
咲以上に飲みまくったというのに、次の日に全くと言っていいほど酔いを残さないあやめは、二日酔いが酷い咲よりずっと元気そうだ。
「書類審査は、合格だよー!」
咲に気がついたあやめは、嬉しそうな声をあげた。
「本当に?」
画面を除くと、メールには〈一次審査、通過しました。二次審査は、作品提出と面接試験になります。試験日は追って連絡させて頂きます〉と書かれていた。
「さ、作品提出…?」
綺麗に洗ったばかりの顔に、汗がにじみ始めるのが分かった
「大丈夫、自分らしく、何かしら書けばいいから」
簡単だよと背中をたたくあやめは呑気そのものだ。
二日酔いのせいか、この新たな試練のせいか…。とにかく頭痛だけでなく、吐き気まで催してきたのは、確かだった。
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