初恋の花が咲くころ
事件は次の日に起きた。
ガタンという大きな音を、Devineのオフィス内にある倉庫からいち早く聞きつけたのは、倉庫の近くで作業をしていた咲だった。
「だ、大丈夫ですか?」
段ボールの下敷きになっている、向田さんを救出するのに全ての箱をどける必要があった。
カフェで働いている時、重いものを持つことが多かったため、こういう力仕事は意外と得意だったが、あまりにも多くの段ボールと、あんなに大きい音を出したというのに誰も駆けつけないという状況のため、苦戦しながらの救出を試みる。
「大丈夫ですか?」
やっとのことで向田さんの腕を引っ張り起こしながら、咲は聞いた。
「うん、大丈…痛っ」
足を痛めたようだ。苦痛に顔をゆがめている。
「折れているかもしれませんね。病院に行った方がいいと思います」
額から冷や汗が噴出している向田さんに向かって咲はきっぱり言った。
「うん…。でも…」
「どうかしました?」
向田さんは右手に持っている茶封筒を咲に突き出した。
「これ、編集長のところに届けて欲しいんだ…」
「え?あ、でも編集長は今、本社に…」
「今日、帰って来る」
棚に左手をかけて、バランスを取りながら向田は続けた。
「これをホテルまで届けろって先ほど、連絡があって」
「はい?」
咲は信じられないと目を見開いた。
「今日、こちらに帰って来るんですよね?じゃあここで渡せばいいんじゃないんですか?」
「僕もそう思ったけど…編集長の命令は絶対だから…」
額の汗をぬぐいながら、向田さんは歯を食いしばった。痛みが増して来たようだ。このままでは危ないと、咲はいったん倉庫から出て他の社員に向かって言った。
「あの、向田さん、ケガしてしまったんです。一緒に病院へ付き添って下さる人いませんか?それか、編集長に書類を届けて下さる方でもいいんですが…」
編集長に届け物なんて面倒な仕事を引き受けようと名乗り出る人はいないと最初から踏んでいたが、まさか、病院への付き添いも見てみぬふりをするとは…
社員は画面から目を離さずに、「忙しいです」の一点張り。そして誰が言ったか分からないが、ぼそっと「一番ヒマなのは、お前だろ」と聞こえた。
その瞬間、咲の堪忍袋の緒が切れた。
「分かりました!新人でおヒマの私が、どちらもやってまいりますので、みなさまはお仕事頑張って下さい!」
そう言って倉庫に戻り、向田さんを抱きか抱えて、オフィスの外へと向かった。
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