もうひとりの極上御曹司
愼哉との食事は魅力的だが、二人きりなど、緊張してなにも味わうことなどできない。
それに、愼哉が言うとおり、明日も一限目から講義が入っている。
今週提出予定のレポートもまだ仕上げていないとなれば、北海道に行ったり愼哉と食事に出かかけている場合ではないのだ。
駿平だって妹の存在など忘れて亜沙美と楽しい時間を過ごしたいだろう。
「お兄ちゃん、私はお留守番でいいから、亜沙美さんと楽しんできてね」
明るい声でそう言って千春は笑うが、駿平は眉を寄せてうーんと考え込んだ。
「でもそうなると、千春は今晩ひとりきりになるな。心配だからやめておくよ」
あっさりとそう言った駿平に、千春は慌てて駆け寄った。
「私なら大丈夫だから、亜沙美さんと会ってきてよ。今月一度も会ってないんでしょう?」
「そうだけど、それは亜沙美も忙しいから仕方がない。電話も毎日してるし千春をひとりにしてまで行くこともないし、やっぱりやめておくよ。緑さん、せっかくですけど……」
駿平は緑に申し訳なさそうに頭を下げた。
千春と駿平が住んでいるマンションは、一階玄関がオートロックでセキュリティに特段の問題があるわけではないが、駿平はとにかく千春をひとりにするのが不安なのだ。
兄バカといえばそれまでだが、唯一の家族への愛情と不安は底無しだ。
緑も駿平の千春への過度の愛情には慣れていて「そうね」と大きく頷いた。
「私も千春ちゃんをひとりきりにするのは心配。でもね、いいことを思いついたの」
緑が胸の前で手を叩き、誇らしげに胸を張った。
彼女がこういう顔をするときは、とんでもないことを思いついたときが多い。
千春と駿平は顔を見合わせ、後ずさる。