現実主義の伯爵令嬢はお伽話のプリンセスと同じ轍は踏まない
「ヴェネディクト?」

馬車から降りる為に差し出されだった筈の手なのに。強く握り返された困惑が声に出た。

「手を離さないでいてくれるかい?グレース」

まるで迷子の幼子のようだ言葉だ。そっと横顔を窺うと、ヴェネディクトは口をひき結んでひどく緊張しているように見える。

「大丈夫。絶対に離さないわ」

グレースは気づかぬ振りでわざと軽い返事をすると、エスコートされるままゆっくりと教会内に歩を進めた。

石造りの荘厳で頑丈な教会。男性的な建築物なはずなのに、中に入ると印象は一変する。鮮やかなステンドグラスと繊細な祭壇のせいだろうか。華やかさではない。でも父性と母性を同時に感じるような不思議な神秘性がある教会だ。
一歩一歩、歩くたびにグレースは感嘆の吐息を溢していた。

「どう?」

祭壇の前までたどり着いて、ヴェネディクトがゆっくりと振り返った。その顔には先程からの緊張と共に誇らしさが覗いている。
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