桜の下で会いましょう
ある晩の事だった。

依楼葉は、自分の壺で物語を読んでいた。

たくさんの女房達が、宮中で泣いたり笑ったり、そして帝や今をときめく公達と恋をする話は、いつ読んでも心躍るものだった。


その時だった。

依楼葉は御簾納外に、誰かいるような気がした。

「どこの公達でしょうか。」

試しに話しかけた依楼葉。

だが座っているだけで、相手は言葉を発しようとしない。


依楼葉は、一歩後ろに下がった。

思えば、尚侍である依楼葉に、近づく公達など滅多にいない。

尚侍は、帝の寵愛を受けている、もしくは受ける可能性があるからだ。

例の冬の左大将・藤原崇文でさえ、こちらが近づけなければ、口説く事もしない。


「誰か!」

依楼葉が立ち上がろうとした時だ。

衣の裾を、相手に踏まれてしまった。

息を飲む依楼葉。

相手は、じっとこちらを見つめている。

「どなたなのです?」

震える声で、依楼葉は尋ねた。
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