愛は貫くためにある
「あら、お連れの方ですね?」
「ああ、この娘に似合うものを見立てるつもりだ。とりあえず、新作を二着くらい持ってきてくれるか。それと、この店の中から気に入った物を買うつもりだ」
「はい、かしこまりました。平田さん、その方は…」
「見てわかるだろ?…婚約者だ」
「えっ…⁉」
 彼女は目を丸くして僕を見上げた。僕は彼女に微笑みを返し、彼女の手首を掴んでいた手を、彼女の手に滑らせ手を絡めた。
「あらまあ、見せつけてくれますね~」
「ち、違うんです!」
「何が違う?そんなに照れることはないんだよ」
彼女は顔を真っ赤にして黙ってしまった。少し、困らせてしまったかな。
「新作、二着ほど持ってきますので少々お待ちください」
新木はすたすたと店の奥へ歩いていった。
「そんな、新作だなんて…。そんな気遣い、しないでください」
「気遣いじゃないよ。僕が、みーちゃんに服を見立てたい。ただそれだけだよ」
「でも…」
「みーちゃんは何も気にしなくていい。これは僕の我儘。聞き入れてくれないか」
 僕は彼女の瞳をじっと見つめた。彼女は僕の視線に戸惑っていた。
「守さんの…わが、まま?」
「うん。受け入れてくれないかな?」
彼女は少しの間考え込んでいたけど、顔を上げた彼女は
「わかりました。守さんのご厚意、ありがたくお受けします」と頭を下げた。
そんなにかしこまらなくてもいいのに、と切なく思ったけど、その切なさを吹き飛ばすように新木が服を持って戻ってきた。
「お待たせいたしました。星川様には、こちらがお似合いかと存じまして」
「えっ!どうして私の名前を…」
「平田さんから伺っておりますよ。最愛の女性をここに連れていきたいと」
 それを聞いた彼女は、顔を真っ赤にしながら俯いていた。
「守さん、ずるい…」
「ん?ずるい?」
 僕は彼女の顔を見たくて、彼女の顔を覗き込んだ。
「星川様、是非お手に取って見てください」
新木が彼女に服を差し出した。彼女は恐る恐る服に手を伸ばした。
「可愛い…」
服に触れた彼女が、目を細めて言った。彼女が手にしていたのは新作のうちの一着で、花柄がプリントされたロングワンピースだった。色は紺色で、首元にはボウタイがついている。そのボウタイは、蝶結びになっていた。
「星川様は、華奢で清楚なイメージですから、この服がお似合いかと思いまして」
「ありがとうございます。すごく、気に入りました」
「良かったです。平田さんの大事な大事な星川様がお気に召さなければどうなるかと…」
「大袈裟」
僕は新木の言葉に呆れて、思わず言葉を零した。すると、新木がそっと僕の隣に立ち呟いた。
彼女はというと、服に夢中で気付いていない。
「彼女さん、華奢だからシルエットがくっきりでしょう?ラインが…」
「それ以上言うと怒るぞ」
「本当のことでしょう?スタイルが良くてモデル体型ですものねえ。モデルさんに向いてるかもしれませんよ」
「…彼女は、喫茶店の看板娘だ」
「あら、そうなんですか?他のお客さんにも、ファンはいたりして」
「誰にも手出しはさせない」
「ふふ、本気度はわかりましたよ」
新木とそんなことを話していると、「あの」と小さな声が聞こえた。
「あ、みーちゃん、決めた?」
 彼女は服を手に持ったまま、俯いた。服を持つ彼女の手が服をぎゅっと掴んだ。
「みーちゃん?どうした?」
僕は彼女の肩に触れた。顔を上げる彼女と目が合うと、彼女は悲しそうに目を伏せた。
「私には…こんな素敵なもの、似合いません。申し訳ないですけど、これはお返しします」
「どうして?」
彼女は何も言わずに僕に服を突き出した。
「だめ。これは買うよ」
僕は彼女が付きだしたワンピースを新木に渡し、二人きりにするよう目で合図をした。
新木は黙って頷いて、その場を後にした。
二人きりになったけれど、彼女の目は悲しいままで。沈黙を貫いたのは、僕だった。
「みーちゃん」
「仲がよろしいんですね、あの店員の方と」
目を伏せたままの彼女が、ようやく言葉を口にした。
「いつも馴染みにしている店だし…、新木とは仕事の付き合いでしょっちゅう顔を合わせていてね」
「そうなんですね」
僕は堪らず彼女の両手を握った。彼女との心の距離が遠くなっていく。そう思うと、僕は居てもたってもいられなかった。
「僕は、みーちゃんしか好きじゃないから。新木とか、興味ない」
しっかりと彼女の目を見据えて、僕は彼女の両手にぐっと力を込めた。
「だって…楽しそうに」
「やきもち、かな?」
彼女は目を見開いて、俯いた。どうやら、図星のようだ。
「やきもち焼くこと、ないよ」
ゆっくりと顔を上げる彼女の頭を、僕は左手でぽんぽんと撫でた。
目を丸くした彼女を見て、笑みが零れる。
「せっかくだから、みーちゃんの好きな服を一緒に選ぼう。ね?」
僕がそう言うと、彼女は黙って頷いた。
店内を、彼女と手を繋いでゆっくりと歩いていく。目を輝かせながら服に触れ、辺りをきょろきょろと見回す彼女を見ているのは、不謹慎かもしれないけど楽しい。
―いや、飽きないというべきか。そんなことを思っていると、彼女が一着の服の前で止まり、その服を手に取った。彼女は、僕を見てとことこと服を持って走ってきた。彼女は、ハムスターよりも可愛い。断言できる。
「守さん!」
「ん?」
「この服…どうでしょうか?」
「みーちゃんが気に入ってるなら、買えばいいよ」
「守さんは、どう思いますか?」
「可愛いと思うよ。絶対似合う」
彼女が手にしていたのは、ニットワンピースだった。淡いピンク色で、真ん中部分にはベルトがついている。全体的にふわっとした素材で、プリーツが印象的だった。
「試着してきても、いいですか?」
「いいよ。待ってるから、行っておいで」
僕は彼女を試着室へと案内して、彼女が出てくるのを待った。店内を見回していると、新木が僕の方に近づいてきた。
「仲直りしましたか?」
「新木のせいで喧嘩しちゃっただろ?まあ、仲直りできたけど」
「人のせいにしないでくださいよ」
「みーちゃんが、新木にやきもちやいてた」
「星川様も、平田さんのことが好きだって証拠。よかったですね」
「ああ、まあな」
「平田さん、ちょっと」
「ん?」
新木が手招きしたが、僕はここから離れるわけにはいかない。
彼女が試着室からそろそろ出てきてもいい頃だ。
「大丈夫ですって。少しの間なら」
「だめだ」
「星川様を喜ばせたくないんですか?」
「喜ばせる?」
「そうですよ。女性はサプライズに弱いっていうでしょう」
「サプライズを仕掛けると?」
「きっと、星川様喜びますよ。アクセサリーがお好きなようですから」
「なぜわかる?」
「だって、アクセサリーをじっと見ていましたもの」
「え?いつ」
「入口の近くにあるアクセサリーを眺めていたのを、しっかりとこの目で」
ほら、行きますよ、と言う新木に促され、僕は少しの間試着室の近くから離れた。
アクセサリーが並ぶスペースに移動すると、大小たくさんのアクセサリーが店内の照明に照らされて眩しかった。
「早く選ばないと、星川様出てきちゃいますよ」
「急かすなよ」
僕は、輝きを放つアクセサリーの中に一つだけ目に留まったものを指さした。
「これにするよ」
「さすが」
「は?」
新木が口元を手で覆って笑いだすので、「何がおかしい」といった。
「相性が良いですね、本当に。相思相愛というのがよくわかります」
「どういう意味だ?」
「星川様が、じっと見ていたアクセサリーが、それですよ」
僕が選んだそのアクセサリーは、彼女が物欲しそうに見ていたものだという。
「すぐ包んでくれ」
「はいよ」
新木は笑いを堪えながら、アクセサリーを紙で包んだ。

僕は急いで試着室へと向かった。すると、試着室から出ていた彼女が、僕を探してきょろきょろしながら彷徨っていた。あまりの可愛さに、僕は背後から彼女の両肩に触れた。
彼女は驚いて振り返った。
「み~ちゃん」
「守さんっ…!どこに行ってたんですか?」
心細かったのか、彼女はしょんぼりとしながら僕に言った。
「ごめんごめん。他にも、みーちゃんに似合う服がないかなって探してたんだ」
「黙って、いなくならないでください…」
「わかったよ。今度は、ちゃんと声をかけていくから」
泣きそうな彼女の頭を何度もぽんぽんと撫でると、彼女は気持ちよさそうに笑顔になった。
「守さん、私、これ買います」
嬉しそうな顔の彼女とともに会計を済ませ、僕は彼女と店を後にした。
買い物を終えた僕たちは、定休日の喫茶テリーヌに直行した。
カウンター席に隣同士に座った僕たちに、桃さんと晴彦さんが声をかけた。
「お、嬉しそうだな、みーちゃん」
「ほんと。この上ない喜びを感じてる、って感じ?」
彼女は黙っていたけれど、にこにこしている。彼女が何より嬉しそうでよかった。
「守さんに、服を買ってもらいました!」
彼女の声に張りがある。桃さんも晴彦さんも、驚いていた。
「あら、どんな服?見せてよ」
「だめです!それは今度、守さんと会うときに着るんです」
「えー?見せてくれないのぉ?けちぃ」
「ほらほら、桃、拗ねない」
晴彦さんは、桃さんの頭を撫でている。
「ねえ、晴彦。私も服ほしい」
「また今度な」
桃さんと晴彦さんのやり取りを見た僕と彼女は、顔を見合わせて笑った。
「みーちゃん、これ」
 僕は彼女に小さな紙袋を手渡した。
「なんですか?」
「開けてごらん」
不思議そうな彼女

私は、地面に落ちた手紙を拾い上げようとした。でもその手紙は、私が拾うより先に大きな足に踏みつぶされる。目の前にいる男は、私の大敵。私の大切にしているこの手紙も、幾度となく踏みつぶされて、くしゃくしゃになってしまった。手紙の彼のメッセージは、読めなくなってしまった。とてつもなく悲しい気持ちになった私は、涙が止まらなかった。こんなに、ぐちゃぐちゃにしなくてもいいのに。そう思いながら、私はもう一度皺だらけの手紙に手を伸ばす。
「拾わなくていいよ」
私の背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。声のする方を振り返ると、いつもの彼が私の手首を掴んでいた。
「はい、これ、代わりのお守り」
彼はそう言って私を立たせた。彼は私を庇うようにして立った。
「えっ…」
私は驚いた。まさか、私がこの手紙をお守りがわりとして持っていることを彼が知っていたなんて。すごく恥ずかしいけど、すごく嬉しい。そんな私の気持ちを察したのか、彼がふっと笑った。
「嬉しいよ。僕の手紙を、こんなに大切にしてくれているなんて」
彼の背中が、とても大きくて逞しく思える。だけど、この大きな背中は、どこかで見たことがあるような気がする。どこだったっけ…?私はいつも、肝心なところで思い出せない。
「またお前か」
「それはこっちの台詞だ。執念深い奴だな」
「執着して何が悪い?」
「みーちゃんに近付くな」
「彼氏でもないくせに」
彼は、黙っている。彼が優しくて良い人、ということはわかっているけど、私は彼について何も知らない。それが、私には歯痒くて。どうすれば、私は彼の役に立てるのだろう。
「…だよ」
「は?」
彼が発した言葉を、私は聞き逃してしまった。
「僕は、みーちゃんと言い交した仲だ」
私の頭の中は、一瞬にして真っ白になった。彼の言っている意味が、全くわからない。
一体、何を考えているの?
「僕は、みーちゃんと約束したんだ」
「何を?」
あの男が、苛立ちを露わにする。
「大人になったらみーちゃんと、結婚すると」
みーちゃんは覚えていないかもしれないけど、と彼がぼそりと呟く。
最高のヒーローは、昔の私を知っている。そして、昔と変わらない愛を注いでくれている。彼が誰なのかはわからないけれど、その気持ちが嬉しくて、私は彼がくれたお守りをぎゅっと両手で握りしめた。
「みーちゃん、行こ」
「えっ、あの…」
私の方を振り向いた彼は、私の手首を瞬時に捕らえ歩き出した。あの男は私を取り返そうとしたけど、彼の素早さには勝てなかった。彼は私の手首をがっしりと掴んだまま、歩くスピードを速めていく。速くて、私は少し小走りで彼についていくけど疲れてきた。
「もうちょっと我慢して」
彼の言葉に、私は黙って頷いた。手首を掴んでいた彼の手が、いつの間にか私の手に移動していた。その時感じたのは彼の手が、とても大きくて温かいということだった。


私は、彼に連れられて公園へと辿り着いた。彼とベンチに腰を下ろす。
「ごめん、こんなところまで連れてきちゃって」
「いいえ、大丈夫です。それと…ありがとうございました」
「ん?」
彼が、私の顔を覗き込んだ。その顔があまりにも綺麗で、ドキドキしてしまう。
「その…さっきは、助けてくれて」
「ああ、うん」
「嬉しかったです。このお守り、大切にします」
 私は、彼から渡された手紙を彼に見せた。すると、彼が目を細めて笑った。
「どうしてわかったんですか?」
「何を?」と言うと思ったのに、彼は私の心を見透かしているかのように言った。
「どうして、この手紙がお守りがわりだと知っていたのかって顔、してるね」
私が驚いて彼の顔を見ると、彼はとても穏やかで優しい顔をしていた。
「なぜ知っているのか。答えは簡単だよ」
 彼が急に、私に顔を近づけてきた。私の心臓の鼓動が、どくどくと高鳴っている。
「ずっと、君を見ていたからだ」
「私を、ずっと…?」
「うん、ずっと」
「どうしてですか?」
「好きだから」
言葉を失った私に、彼は真剣な顔を向けた。彼の手が、私の肩にそっと触れた。
「みーちゃんのことがずっと好きで、今もすごく、すごく好きだ」
彼は、手紙に私への想いを溢れんばかりに綴っていた。本気度も伝わってはいた。
でも面と向かって告げられると、どうしていいかわからなくなる。だって、彼の名前を私は知らない。職業だって、年齢だって、どんなことをして生きてきたのかもわからない。彼について、知らないことが多すぎる。


「いつまで泣いてるんだ。こっちへ来い」
 乱暴な言葉を私に投げつけるこの男は、いつも私を脅かす。
「星鬼様、客人がまいりました」
「…セルキ、見てのとおり取り込み中だ。後にしろ」
「かしこまりました」
私を脅かすこの男は、星鬼と呼ばれている。本名は知らない。私を追い掛け回すストーカーということ以外は。セルキは星鬼の子分らしく、律義に星鬼の言うことに従っている。セルキが去っていくと、後ろから大きな溜息が聞こえる。
「こっちへ来いと言っている」
無言の抵抗を貫いた手を強引に引っ張って、ソファーに座るよう促した。私は仕方なく星鬼の言うとおりソファーに腰を下ろした。星鬼も私の隣にどっかと座った。
「ったく、手こずらせやがって」
星鬼が怖くて仕方ない私は、床をじっと見つめていた。しかし、すぐに私の視界はぐらりと揺れる。
「何するの…?」
星鬼は私の肩を押して満足げに笑った。さっと血の気が引いていくのがわかった。ソファーに倒れ込んだ私に覆いかぶさる星鬼を睨むけど、それは逆効果だった。私の両手首を押さえつけソファーに固定した星鬼は、口角を上げてじっと私を見ている。
「美優が俺の言うことを聞かないから悪い」
「そんな…」
「いい。いいよ、その目」
星鬼は私に顔を近づけた。やめて、守兄さん以外の人にこんなことされるの、嫌。
絶対に嫌。
「やめて…」
私がどんなに嫌がっても抵抗しても、星鬼には通用しない。悔しいけど、卑怯なこの男に敵はいない。
「美優にこんな色気があるとは知らなかったな」
舌なめずりしながら私を見る星鬼に、恐怖を感じる。正気じゃない、この男は狂っている。
「あいつが美優に執着する理由も、わかる気がするな」
「やめて…!」
怖くて、もう触れてほしくなくて、自由が欲しくて、私は泣き叫んだ。でも、拘束された両手首が解けることはなかった。
「怒るなよ。ごめんって」
星鬼が私の手を握る。振り払いたいけど、それができなくて嫌になってくる。
「安心しろ。すぐに俺のものにしてやるからな」
「どういう、意味…?」
「美優も俺も、いい大人だ。俺のものになるという意味は、わかるはずだ」
星鬼は、私の腰を片手でなぞった。
「いやっ…」
「敏感…いいねえ…」
「離して!いやっ…んっ…」
有無を言わさず、星鬼は私の唇を塞ぎ胸まで愛撫する。
「美優…もっと俺を感じろ。まだまだウォーミングアップは始まったばかりだぞ」
私が抵抗すればするほど、星鬼は本気になってしまうようで。そんな星鬼の言いなりにしかなっている自分が、情けなかった。
悪夢であってほしいと願っても、現実は変わらなかった。
「最近、大人しくてつまんねえな」
星鬼は、縛られることが嫌いな私を自由に動き回れるようにしてくれた。でも、私はここからは逃げられない。
「なあ、美優」
ガラスから見える景色を眺めてばかりの私に、星鬼は苛立っていた。
「いつになったら、俺のものになってくれんだよ」
いつになっても、私は星鬼のものになんてならない。こんなことになるなら、守兄さんに正直な気持ちを伝えればよかった。素直に「好き」と言えば、こんなことにはなっていなかったかもしれない。私を現実に引き戻したのは、大きな手が私の胸を鷲掴みした嫌な感触だった。
「やめてって、言ってるでしょ」
「少しくらい、いいだろ」
「離して!」
星鬼は渋々、私から離れた。私が安堵の溜息を洩らしていると、すかさず星鬼は私の向きをくるりと変え、向かい合った。不敵な笑みを浮かべた星鬼は、私の唇を素早く奪った。
「美優にだけは教えてやる」
私は、目の前にいる星鬼をちらりと見た。
「全ては、俺の策略」
星鬼というのは仮の名、本名は星哉だ、と私にだけ教えてくれたのには、何か魂胆があるとみなければならない。
「あいつのところには行かせねえから」
床に座り込む私の前にしゃがみこんだ星哉が、怪しい笑みを浮かべる。
「お願い、やめてよ、星哉」
「やめねえよ。俺の執念深さに勝てる奴などいない」
「ねえ、どうしてこんな監禁まがいのことをするの?」
「監禁じゃない。俺は、この城でお姫様を寵愛しているだけだ」
この言葉を聞いて、私は鳥肌が立った。
「私を、帰して!」
 私は何度も叫んだ。でも、私の声はすぐに吸収されて消えていく。星哉には、私の悲痛の叫びは響かなかった。
「美優、俺は手荒なことはしたくないんだよ。寵愛している姫を傷つけるようなことは、したくないからな」
星哉は私をソファーに乱暴に押し付け、ネクタイで手首を縛った。胸の下で固定される手首に、ネクタイが食い込んで痛い。
「やめて…!ストーカーなんか大嫌いよ!」
「鈍感な美優には、ちょうどいいだろ」
星哉はソファーに横たわる私を、舐め回すように見ていた。
「どうして私につきまとうの?どうして追い掛け回すの?」
「言わなかったか?好きな女を追いかけるのは、男の性だ」
星哉が私の胸を揉みほぐす。
「やっ…」
「美優、どう?気持ちいい?」
「気持ちよくなんかない!」
歯止めが効かない星哉を睨んでも、何の解決にはならなかった。今の私には、なすすべがない。
「ひゃあっ…!」
「その声も顔も、最高だよ。、美優」
首にぬるっとしたものが、纏わりつく。
「美優…甘い。甘すぎるよ」
星哉が私の首を舌でぺろぺろと舐めているのに気づくのに、時間はかからなかった。
「舐めないで…!」
「わかったぞ、美優。たくさん舐めてやるから」
「舐めないでって…」
「そんなうるうるした目で見たって、逆効果だぞ」
「お願い、やめて、星哉…」
嫌なのに、すごく嫌なのに、体が反応して腰が反ってしまう。
「仕方ない。今日はこの辺にしといてやる」
星哉の声が、私の耳元で聞こえる。
「いいか、美優。俺は昔から美優がずっと好きだったんだ」
「昔から…?どういうこと?」
「ずっと一緒に過ごしてきたのに俺のこと忘れちゃったとか、許せねえな」
「ねえ、どういうこと…ああっ、やめて、星哉…!」
「美優…美優…」
星哉は私の言い分を聞かずに、私の首を舐めはじめる。なんて自己中なの。勝手すぎる。
「大丈夫だ、美優。俺の愛情が嫌というほどわかる日が、すぐに来るからな。安心して俺に身を預けろ」
星哉は私の反応をただただ、楽しんでいた。

「よぉ、ファッション界のプリンス」
外から開けられるはずのない窓が、勢いよく開いた。僕は目を丸くして窓の方を見ると、そこには金髪の青年がいた。あいつだ。
「不法侵入で通報するぞ」
「ま、そう怒るなって。美優がいなくなって寂しそうだから来てやったんだろ」
「は…?」
僕は、開いた窓のさんに両足を乗せてしゃがみこむ奴を睨んだ。
「美優は俺が預かった」
「なんだと…?」
僕は窓側に近づいた。
「美優は俺がたーっぷり可愛がってるから、安心しろ」
僕は、奴の胸ぐらを掴んだ。
「みーちゃんはどこにいる!」
「俺がみすみす、姫の居所を教えると思うか?」
「みーちゃんを返せ」
「返してほしいなら、自分で探すんだな。お前が苦しむのを見るのは、何より楽しい」
くくっ、と喉を鳴らした星哉は余裕の表情だった。
「美優にお前の様子でも教えてやろう」
そう言って去ろうとした奴に、僕は叫んだ。
「ストーカー目め。これ以上みーちゃんを傷つけたら許さない」
「美優を苦しめてるのはお前だろう?濡れ衣を着せられた美優を追い出したのは、お前だ。お前が美優を追い詰めた」
「なぜ、そのことを知っている?お前は誰なんだ、一体」
奴は呆れ顔で言った。
「お前も覚えてないのか。仕方ねえな…一つだけ教えてやろう。俺は、キユウの問題児だ」
「キユウの問題児…?どういう意味だ?」
「もうヒントは無しな。まあ、せいぜいもがき苦しめよ。じゃあな」
奴は僕を見下すように目を吊り上げ、窓のさんから飛び降り去っていった。
「待て…!」
僕は窓から身を乗り出して下を見たが、奴の姿はなかった。外からの冷たい空気だけが、僕の髪を揺らした

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