異世界から来た愛しい騎士様へ
急いでいたため、道になっていない山道を進んでいた。すると、ぽっかりと大きな穴が、エルハムの目の前に現れた。幅は人が10人ほどならんだぐらい、高さは馬車が通ってもまだまだ余裕があるほどの巨大なトンネルだ。
シトロンは、ほとんどが海に囲まれた小さな国だが、北の方には深い森が広がっていた。その奥には大きな山脈があり、その麓には2つの大きなトンネルがあるのだ。
今、エルハムの目の前にあるトンネル。そこを通るとチャロアイトの国になる。トンネル内はシトロン国の領土であるが、トンネルの向こう側を1歩でも出ればチャロアイト国になるのだ。
普段ならば、商品や食材を積んだ馬車がたくさん通っていた。けれど、そんな大きなトンネルも、今日は雨とあって商人や農民達の姿は見当たらなかった。
雨が木や葉、地面に落ちる音だけが響く森を、はーはーと浅い呼吸をしながら、エルハムはトンネルに近づいた。
すると、雨を凌ぐようにトンネルの中で座り込む小さな人影を見つけた。
確かに、16歳のエルハムより小柄のようだ。
ゆっくりと近づくと、ごそりと人影が動いた。
ボロボロの布を頭から被っており、顔はよく見えない。だが、見慣れない服と、木の棒のようなものを大切に抱き締めているのがわかった。
雨が降っても声が届くぐらい近くなると、トンネル内にある蝋燭の光によってその少年の顔がようやく見えた。
そこには、エルハムを睨み付ける真っ黒な瞳と、漆黒の髪をした不思議な少年がいたのだ。
見たこともない容姿と、少年とは思えないほどの迫力のある視線。
普通ならば、得体の知れない相手を見れば恐怖を感じるはずだった。
けれど、エルハムは不思議と怖いとは感じなかった。むしろ、何故かその少年が気になって仕方がなかった。
睨み付ける表情を見つめながら、エルハムはその少年との出会いは特別なものになると予感して、泥だらけの顔で微笑んだのだった。