異世界から来た愛しい騎士様へ



 「……セイ。起きているかしら?体調はいかが?」
 「……………。」
 「今日もお邪魔するわね。」
 「……………。」


 部屋からは何の返事も聞こえない。 
 それはいつもの事だった。

 エルハムは部屋の前に座り、ドアに背中を預けた。
 これもいつもの事だった。


 「セイ………この間、セリムに頼んで届けて貰ったセイの裁縫セットと糸や布は見てくれたかしら?」


 少し前に、セイの青果店兼自宅を警備してくれている騎士団長であるセリムに、セイの家から裁縫道具を持ってきて貰えるようにお願いをした。新しいものをプレゼントしようとも思ったけれど、慣れ親しんだ物の方が彼女も使いやすいかと思ったのだ。それと共に自分が使っていた布や糸などを、彼女の部屋の前に置いた。
 使用人によると、食事を置きに来た時には無くなっていたようなので、きっとセイが扉を開けて受け取ってくれたのだろうとエルハムは思っていた。

 セイはあの事件以来部屋から出ようともしなかった。鍵は開いているので、開ければ入れるのだが、返事がないというのはセイが自分を入れるのを迷っているのだと、エルハムは思っていた。
 自分の両親を殺され、脅されて自国の姫を殺そうとしたのだ。精神的にも弱ってしまうだろうし、周りの世界が怖くもなるだろう。そして、自分が殺そうとした相手が来たとなると、会うのも躊躇われるのだろう。
 しかし、エルハムは彼女を放ってはおけなかった。彼女がこのまま自分の殻に閉じ籠り、そのまま笑わずに過ごす事になったら、エルハムも悲しいのだ。友達だと思っていた大切な人だ。助けたかった。
 
 けれど、無理に扉を開けて貰おうとしなかった。彼女が自分から扉を開けて招き入れてくれるまで待つつもりだったのだ。
 それでも彼女と関わりを持ちたい。それで考えたのが、ドア越しに話をするという事だった。




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