ビタースウィートメモリー
さて、この気まずい空気をどうしようかと考えた悠莉だが、良いタイミングで電話がかかってきた。
着信を見ると、大地からである。
「ちょっと失礼します」
どこにも角が立たない形でフェードアウト出来るのだ、あとで一杯奢ってやろう。
リビングから廊下に移動して誰も来ないのを確認してから、悠莉は電話に出た。
「もしもし」
「青木、今大丈夫か?」
「少しなら平気だけど、何かあったのか?」
「さっき自宅を徹底的に調べたら、盗聴器や隠しカメラがわんさか出てきた」
「うわぁ……」
気持ち悪い以外の言葉が見つからず、悠莉は途方に暮れた。
慰めの言葉は必要ないのは確かだが、適切な言葉も見つからない。
「今日さ、お前ん家行っていい?」
「え」
「あの家で寝たくない」
築28年1Kのそこそこ小綺麗なマンションは、あまり物を置かないため、生活感を感じさせないレベルで片付いている。
いつ人を呼んでも構わないくらいすっきりしているのだ。
今すぐ誰かが来ても恥ずかしくはない。
ただ、お互いに一人暮らしをはじめて何年も経つというのに、大地に自宅を教えたことがないのだ。
節度のある付き合いがしたくて、無意識のうちに隠していたのかもしれない。
「別にいいけど……あたしの家、あんたの家より狭いよ」
「廊下でもいい。この時期なら風邪引かないし」
「……わかった」
自宅の最寄り駅を教えて、そこでしばらく時間を潰すよう伝えたあと、悠莉はリビングに戻った。
カーディガンを羽織り帰る支度を整えてから、家主の高橋に挨拶をしたあと、玄関に向かう。
パンプスのストラップを止めていると、柔らかいバリトンが耳に入った。
「青木さん、送るよ。ちょうど俺も帰るところだったから」
吉田克実が、ベージュの綿コートを抱えてリビングから来た。
革靴を履き、悠莉より先にドアの玄関を開け、ごく自然にエスコートする。
「あ、じゃあ、お言葉に甘えて」
断るほどのことでもなかったので受け入れたが、悠莉はなんだか吉田克実という人間が苦手だった。
スマートなエスコートはかっこいいが、同時に気疲れもする。
駅まで徒歩で約4分、そんなに時間がかからないのが不幸中の幸いだ。