ビタースウィートメモリー
長く付き合っていたはずの小野寺大地という人間について、最近は初めて知ることが多かった。
そしてたった今わかったのは、彼は自己肯定感が恐ろしく低いということである。
このままじゃいけないと感じた悠莉は、必死で言葉を募らせた。
「ちゃんとお前を大事にしてくれる女性がいなかったのか、いてもお前が気づかなかったのか、あたしにはわからない。けど、自分で自分の価値を下げてたらいつまで経っても本気で好きになれない人しか寄ってこないぞ。さっきのみくさんと同じだ」
「青木、ありがとう」
ありがとうと言いながら、大地は緊張を孕んだ声で悠莉の言葉を遮った。
何か地雷を踏んだらしいと察した悠莉は、続きを待った。
「俺のことを考えて一生懸命言葉を探してくれているのはわかる……でも、今の俺にはちょっときつい。正論を受け入れて冷静になる余裕がない」
それはとても優しい拒絶だった。
「ごめん……」
他に何も言えなかった悠莉は、残りのワインを飲み干した。
「こっちこそごめん。青木が言ってることは正しい。ちゃんと俺のことを考えて言ってくれてるのはわかるから」
「いや、正論も使い方を間違えれば人を傷つける武器になる。正しいなら何を言ったって良いってわけじゃないだろ?」
「お前良いやつだよな、本当に」
「普通だ普通」
大地がトイレに行っている間に、悠莉は二人分の精算を済ませた。
この雰囲気で大地に奢ってもらうのは嫌だから、元気な時に倍額奢ってもらうのだ。
トイレから戻ってきた大地は、目ざとくレシートがないことに気づいた。
「悪いな。俺が奢るはずだったのに」
「次にもっと高い店で奢ってもらうから構わん。さ、帰ろう」
店を出て階段を降りている時、先に歩いていた大地が不意に足を止めた。
「どうした?」
今日はいつもと違い酔いが回っているため、急に吐いたりしだす可能性がある。
心配になった悠莉は大地の顔を覗きこんだ。
「青木が彼女なら良いのに」
その声があまりに切なげで、悠莉は冗談にしてはきついと笑い飛ばせなかった。
目が合い、その視線の熱さに立ち尽くすと、大地の端正な顔立ちが近づく。
唇が触れ、うっすらと白ワインの味がした。
表面と表面が当たっただけの、味気ないキスだった。
柔らかさを堪能するでもなく、掠めるようなキスは一瞬で終わりを迎える。
「先に帰る。おやすみ」
やや千鳥足でふらつきながら去っていった大地の姿が視界から消えてから、悠莉も駅に向かって歩き出した。
一歩、また一歩と歩幅が大きくなり、鼓動もどんどん早くなっていく。
「小野寺の野郎、どういうつもりだ!」
わけがわからなくて、悠莉は真っ赤な顔でそう叫ぶしかなかった。