ビタースウィートメモリー
化粧だけ落としたらすぐにベッドに倒れてしまった翌朝、いつまで経っても目覚ましが鳴らないことに気づき、悠莉は飛び起きた。
が、デジタル時計の曜日を見ると、今日は土曜日である。
会社は休みだ。
「ちくしょう、寝てられたのに」
律儀にいつも通りの時間に目を覚ました自分が腹立たしくて、悠莉は自分に舌打ちした。
テレビをつけようとリモコンに手を伸ばしたその時、左手がいつもより重たいことに気づく。
鈍く光るシンプルなシルバーの指輪が、薬指におさまっていた。
それを見て悠莉が真っ先に思い出したことは、大地の元カノでも彼の苦い過去の恋愛でもなかった。
帰り際の不意打ちのキスが、どうしても頭から離れない。
思い出すだけで心臓が暴れ、顔が赤くなる。
かつてないほど大地を異性として意識している自分がいて、このままだと友情が壊れそうで、悠莉はかすかに恐怖を感じた。
「なんでいきなり……」
忘れられそうにない。
熱い視線も、薄く柔らかい唇も、〝青木が彼女なら良いのに〟という発言も。
冷静になろうとシャワーを浴びていると、かえって余計なことばかり考えてしまう。
どんな人からのアプローチにも動揺しなかったのに、なぜ今回はこんなに心が乱れるのか。
避けようと思えば避けられたであろうキスを真正面から受けてしまったのはなぜか。
シャワーを止め、鏡に映る自分の顔を見て、悠莉は目を見開いた。
健康的な肌色の肌にはいつも以上に血が通い、頬は薄紅色に染まり、瞳は大きく輝いている。
分かりやすい外見の変化を最後に見たのは十年前、人生で初めての彼氏が出来て以来だった。
どれだけ認めたくなくても、鏡は嘘をついてくれない。
〝女の顔〟になっている自分を見せつけられ、悠莉は泣きそうになった。
昨日までのように、もう胸を張って大地を友達とは言えなくなってしまった。
好きと断言は出来ないが、ただの友達とも思えない。
シャワーを出た後LINEの通知をチェックする時、いつもなら上司や後輩、取引先を最初に見ていた。
それが、真っ先に大地の名前を探してしまうのだ。
何年もかけて作り上げてきた自分の生活習慣や考え方が音を立てて壊れていく。
自分が自分じゃなくなっていく。
理性を失っていく。
忘れよう、悠莉はそう結論づけた。
大地にときめいたのは男日照からくる勘違いなのだ。