神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
      *
 黒絹の夜空に浮かぶ金色の満月。
 時の光芒にも似たその輝きの中に、万年雪を抱いた高峰の山脈が、紺色の影を落としていた。
 人知れぬ地にひっそりと建つ、荘厳な佇まいの水晶の離宮。
 月影を映してきらきらと煌くその床に、一筋の影が緩やかに伸びていく。
 たゆたうように水晶の床を滑る黒き炎。
 その只中から、今、静かに、深緑のローブを纏う一人の青年が、寝台に背中を向けた姿勢でその姿を現したのだった。
『お目覚めですか?我御方・・・・』
 青年は、懐かしいその声で囁くようにそう言うと、心から敬愛し、そして心から憎んだ主君へとゆっくり向き直ったのである。
 頭髪を覆い隠すようにかぶったフードから覗く、細く繊細な顎の線。
 月明かりと高峰の山々を背景にして、青年は、薄い唇だけで微かに微笑したようだった。
 寝台の上から、冷たい床へと降り立つ長身の影・・・・
 衣を纏わぬその背中で、長い深藍の髪がゆったりとたゆたう。
 揺れる前髪から覗く異形と呼ばれるその瞳が、真っ直ぐに、深緑のローブを纏う青年を見つめすえた。
 だが、主君である者は、何をも語らない・・・・
 深緑のローブを纏う青年は、フードに隠れた両眼で、そんな主君の端正で凛々しい顔を見つめ返したのである。
『まだ、全ての魔力(ちから)は戻っておられますまい・・・・貴方様の全てが戻るまでには、今しばらく時間がかかるかと・・・・』
『・・・・久しいな、悲哀の墓守』
 青年の言葉を遮るように、主君である者は、荘厳で威厳ある口調で短くそう聞いた。
 青年は、薄い唇の両端を微かに釣上げると、静かに頷いたのである。
『はい、本当にお久しゅうございます。あれからもう随分と時が経ちました・・・・それ故、貴方様は、こうして目覚められた・・・・・・我御方、【月闇の夜】までは、まだ幾ばくかの時がございます・・・・それまでは、どうかご辛抱を』
 その言葉に、主君である闇と爆炎の魔王は、凛々しい唇だけで、薄らと笑ったのである・・・



< 2 / 198 >

この作品をシェア

pagetop