神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
 レイノーラは、その綺麗な眉を僅かに眉間に寄せて、彼の体に刻まれた深い刃傷に両手を押し当てたのだった。
 しなやかな指先に、後から後から溢れ出る深紅の鮮血が無数の帯を描いていく。
『貴方にこのような傷を負わせるなど・・・ただの人にしては呆れるほどの豪胆さ・・・・ある意味感心いたしますわ』
 なにやら不愉快そうにそう言うと、レイノーラの青玉の瞳が、一瞬カッと眩く発光した。
 彼の傷に押し当てた両手に紫の炎が立ち昇り、その炎が火の粉を散らして消滅したとき、ゼラキエルの体に刻まれていた深い刃傷は跡形もなく消えていたのである。
ゼラキエルは、愉快そうに凛々しい唇のすみを歪めた。
『そなたの憑(よりまし)としてはもってこいの女だ・・・それに』
『それに・・・・・なんですの?』
 意味深に言葉を止めたゼラキエルの端正な顔を、レイノーラは長い黒髪を揺らしながら怪訝そうな顔つきで覗き込んだ。
 黒く染まったその美しい髪束が、はらりと、彼女の美麗な頬に零れ落ちる。
『そなたがその姿であれば・・・・あのロータスの者は、その心をかき乱される。それがあやつの終わりの時だ、ロータスの者には、最大の苦痛を味わわせてやらねば、な・・・・・』
そんな彼の言葉に、レイノーラは、妖艶な唇でどこか性悪(しょうあく)に実に愉快そうに微笑んだのだった。
『そういう意図がありましたの・・・?ならば私は、ロータスの者を引き受けましょう、貴方のお手を煩わせることもありませんわ』
 そう言って立ち上がろうとするレイノーラの腕を、ゼラキエルの差し伸ばした手が掴んだ。
 レイノーラはふと、怪訝そうにその蛾美な眉を寄せ、ゆっくりと彼の顔を見る。
 そのしなやかな体が彼の元へと引き寄せられた。
 黒衣を纏う腕の中に抱きすくめられた時、彼女は、嬉々とした表情をして、やけに艶やかに輝いた青玉の眼差しを、彼の端正な顔に向けたのである。
『・・・・相変わらず、強引な方ですのね?』
 なにやら意味ありげに彼女が首をもたげ、そのしなやかな指先を、ゼラキエルの頬に触れさせた時・・・・
不意に、レイノーラはびくりと体を震わせて、大きくその青玉の瞳を見開いたのである。
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