神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
『な、なぁ・・・!!?』
 彼女は、両手で頭を抱えてその場にうずくまった。
 そんな彼女の突然の異変に、ふと、ゼラキエルの顔が鋭く歪められる。
冷酷で、しかし美しい彼の緑玉の瞳が苦悶に歪んだレイノーラの美麗な顔を真っ直ぐに捕らえた。
『・・・・・流石、あのロータスの者が心を揺らした女だけはあるな、そなた?』
 その呼びかけに、レイノーラはゆっくりと顔を上げた。
 先程まで、やけに艶のある嬉々とした表情をしていたはずの美麗な顔は、いつの間にか、怒りに満ち溢れた激しい形相に変わり、にわかに青玉のその瞳が凛とした鋭い茶色の瞳へと変化した。
 研ぎ澄まされた刃のような鋭利な視線が、ゼラキエルの端正な顔を真っ向から睨み据える。
「貴様・・・っ!私に何をした!?魔に染まったその手で、私の体に触れるな・・・・っ!」
 低く鋭くそう叫んだその口調は、レイノーラの物ではない・・・
 紡がれた言語は、古の言語でもなく、リタ・メタリカの言語でもなく、それは紛れもなく、海を隔てた隣国エストラルダの言語であった。
 今、魔王ゼラキエルと対峙したのは、なんと、かの国の気高き戦人(いくさびと)ラレンシェイ・ラージェであったのである。
 彼女は、洗練された身のこなしで素早く後方に飛び退くと、壁に掲げられた松明を手にとり、それをゼラキエルの鼻先に突きつけたのである。
 そんな彼女の姿を目の当たりにして、ゼラキエルは、実に愉快そうにそして冷酷に、薄らと唇だけで微笑した。
 その言語を、彼女の母国語に換えて、魔王と呼ばれた青年は低く言う。
「これは面白い・・・・そなた、レイノーラの意識を自らで弾いたのか?」
「私はアストラだ!魔物の手になど落ちてたまるか!」
「強情な女だ・・・そなた?気に入ったぞ・・・」
 不気味に微笑するゼラキエルの顔を、鋭利に閃くラレンシェイの茶色の両眼が臆すことなく睨み据えた。
 ゼラキエルはゆっくりと立ち上がると、冷酷で美しくもある緑玉の眼差しで、煌々と燃え盛る松明を自分に向けているラレンシェイを見た。
 彼女の綺麗な額には、紫色に輝く炎の紋章が刻まれたまま・・・・。
  
< 42 / 198 >

この作品をシェア

pagetop