神在(いず)る大陸の物語【月闇の戦記】<邂逅の書>
「貴女様は、何も心配することなどないのですよ・・・・さぁ、もうお休みになって下さい、お体に障ります」
 彼は、そう言って、彼女のしなやかな白い手を取った、そして、何かに気が付いて、僅かばかり困ったように苦笑する。
「また剣術でございますか?リタ・メタリカには強固な兵がいる、貴女様が武術を習わなくても、敵軍は打ち払えます。
美しい御手が、こんなに傷だらけになっておられる」
「王宮に閉じ込められているのはとても退屈なのよ?
女はしとやかにあれ・・・・そのような事は、男の理想を押し付けているだけ。
王家の姫が・・・・・女性(にょしょう)が武術を習うことは、そんなにいけない事なのかしら?」
 少しだけすねたように、彼女は桜色の唇を尖らせると強い眼差しで、困ったような顔をするスターレットを見つめすえる。
 リタ・メタリカの第一王女であるこの姫は、その秀麗な容姿にそぐわず、気性の荒い軍馬を手足のように乗りこなし、剣術も弓術もこなす女性であるのだ。
 以前、リタ・メタリカの東の国境を侵した隣国の軍が自国の兵と刃を交えた時のこと。
父王ダファエル三世と、宮廷付きの魔法使いであるこのスターレットが引き止めるのも聞かず、まるで戦の女神のような出で立ちで軍馬を駆り、湧き上がる砂塵の中、敵の兵士を次々と薙ぎ払った姿には、ロータス一族の大魔法使い(ラージ・ウァスラム)たる彼も唖然としたほどだった。
『リーヤ姫はちとお転婆が過ぎる・・・・あれでは、求婚者すら現れまい・・・・』
 そう言って頭を抱えたあの時の主君の姿が、ありありと目に浮かんで、スターレットは、どこか可笑(おか)しそうに唇だけで笑うのだった。
「いいえ姫、決してそのようなことは・・・・海の向こうのエストラルダ帝国には、女人だけで組織されたアストラと言う強靭な部隊が存在します・・・彼女達もまた、自国を守るための戦人、いけないなどと言うことはありますまい」
「お父様と違って、貴方は物分りが良くて助かります。
それに、私だって知らない訳ではないのですよ?スターレット?
ラグナ・ゼラキエルのこと・・・・自分の身ぐらい自分で守れなければね」
 いつになく強い表情でそう言った彼女に、スターレットは、一度その銀水色の瞳を閉じると、小さく肩でため息をついた。
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