タイムマシーンにのりたい

別れた日から、彼女には一度も会っていない。
付き合っていた頃は、会社の最寄駅が一緒だったこともあり、特に約束をしていなくともばったり会うことがよくあったのに、不思議なことに、別れてからは遠目に彼女の姿を見掛けることすら一度もなくなった。
おそらくは、俺に出くわさないようにと彼女が上手く通勤時間をずらしていたのだと思うが、あまりにも完璧に姿を消した彼女に、もしかして彼女はあのままタイムマシーンに乗って未来に行ったんじゃなかろうかと思ったほどだ。



だから、五年ぶりに彼女の姿を目にした俺は、心臓が止まるかと思うほど、驚いた。
職場を出てすぐの大通沿いの公園。付き合っていた頃に何度か待ち合わせしたことがある場所だった。

まさか、本当に。
タイムマシーンに乗って───


「えみる、そんなに引っ張ったらあぶないわよ」

目の前に現れた彼女が過去から来た人間ではないことは、すぐに分かった。
三歳くらいの女の子を連れていた。おそらく娘なのだろう。女の子は必死に彼女の手を引いて、こちらへと歩いてくる。

俺は、静かに踵を返した。
今更、彼女には会わない方がいいだろう。
他人の振りをしてすれ違うことも出来たが、何となく娘と仲睦まじくしている彼女をこれ以上見ていたくなかった。

まさかタイムマシーンに乗って、彼女が五年後の俺に会いに来たなんて、馬鹿みたいな期待をしてしまうくらいには、彼女のことを好きだった。
五年も前から姿を見ていない彼女を、思わず今でも通勤途中に探してしまうくらいには、彼女に会いたかった。
あの時もしも彼女の手を離さずにいたら…なんて身勝手な後悔をしてしまうくらいには、彼女のことを愛していたのだ。

彼女たちに追いかけられる形で、来た道を引き返す。
このままもう一度会社に戻って仕事でもするかと、背筋を伸ばす。一人帰宅して悶々とするよりは、よっぽど良いだろう。

幸せそうに笑いながら歩く彼女達の笑い声を聞きながら、俺の口から思わず出たのは、あの時彼女が口にした言葉と同じだった。


「タイムマシーンにのりたい」


───五年前の君に、プロポーズするために。

【END】
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