タイムマシーンにのりたい

そのに


「ああ、もう。また出ない…」

無情にも電話の呼び出し音が数回で留守電のアナウンスに切り替わる。私は溜息をグッと我慢して、ベンチから立ち上がった。

「えみる、まだ時間掛かりそうだから、ジュースでも飲みに行こうか」
「じゅーす?えみる、りんごがいい!」
「よし、じゃあ行こう」

私が手を伸ばせば、駆け寄ってきて小さな手を差し出してくる。4歳になったばかりだが、しっかりしている上に、素直で愛らしい。とても自分と血が繋がっているようには思えないなと、心の中で少し笑った。

「お腹もすいたし、ご飯もたべちゃう?」
「うーん、どうしよっかなー」

彼女が文字通り小首を傾げて迷うのは、聞かされていた予定とは違うからだ。だけど、先に予定を守らなかったのは向こうなのだから、気にする必要はない。

「えみる、ハンバーガーがいい」

迷った末に、はにかみながらリクエストする姿が可愛くて、思わず抱きしめたくなる。
ベストな結果を求めるなら、タイミングは重要だ。決断が遅くなれば、相手の気が変わってしまうかもしれないし、焦って決めてしまえば、より良い提案を引き出せなくなる。
あの人からの受け売りだが、ビジネスの鉄則らしい。

「よーし、じゃあ決まり。オススメのハンバーガーショップに行こう!」
「わーい、しのちゃんだいつき!」

彼女の一言で、行き先は決まった。
向こうの通りにあるハンバーガーショップには、子供にも人気のパイナップルバーガーがある。彼女がもう少し悩んだら、最初の提案通り喫茶店に行っただろう。

四歳にして、タイミングを外さない女。
きっと彼女は将来幸せになるだろう。
つくづく私とは似ていない。


ふと、何年も前のことが頭を過ぎる。
婚期を逃してはならないと、必要以上に焦っていた、あの頃の私。
あの決断の“タイミング”は正しかったのだろうかと、今でも思い返すことがある。

あの時決断しなければ、今、隣を並んで歩いているのは、四歳の女の子じゃなくて、あんな風に長身で格好良くスーツを着こなした男性だったかも知れない。
ちょうど、前方を歩く男性の後ろ姿に、勝手に当時の恋人を重ね合わせた。
もしもを考えればきりがないことは分かっている。
感傷的になるのは歳を取った証拠だと、これまたどこかで聞いたフレーズが心に突き刺さった時だった。
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