甘くてやさしくて泣きたくなる~ちゃんと恋したい
私は彼の目をしっかりと見つめながら頷いた。

樹さんは少し困ったような目をして大きく息を吐き、田丸さんの方に視線を向けて言った。

「と凛は言ってるけど?」

彼は掴んでいた田村さんの襟元をようやくほどき立ち上がった。

「見逃してくれるってこと?」

田村さんが私を見上げて恐る恐る尋ねる。

「別に見逃すとか許すとか、そういうことではないです。ただ、もう私たちの前に現れないと約束してくれるならさっきのことは全部忘れます」

というか忘れたかった。

二度と私たちの前に現れないでほしい。

「でも、もしまた私たちに近づいたり、間宮さんに迷惑をかけるようなことがあった時は私も容赦しません」

「わかったよ。もう二度と近づかない」

「今ここでの会話は全部録音してますから」

私はポケットに忍ばせていたスマホをそっと触った。

田村さんはそんな私を見て自嘲気味に笑う。

「君ってみかけによらず、すごいな。どっからこの状況でそんな機転が利くんだい?」

私はくっと唇を噛みしめて田村さんから目を背けた。

機転なんかじゃない。ただ私は樹さんを守りたかっただけ。

「間宮さん、確かにデザイン画と同じくらい、いやそれ以上に彼女の価値は高いかもしれないですね」

樹さんは何も言わず黙ったまま田村さんを厳しい目でにらみ続ける。

「ま、どんなこと言ったって、全部負け犬の遠吠えですけど」

ようやく自分が解放されることに安堵したのか、それともまた別の理由があるのかはわからないけれど、田村さんは口元をわずかに緩めるとゆっくり立ち上がり自分の襟元を軽く直した。

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