ぜんぶカシスソーダのせい
仕方なく千沙乃は、正面に座るふたりの、肩と肩の間から、向かいの座席を眺めた。
ちょうどその隙間からは、大学生らしき男性がひとり見える。
彼が笑うと、よれよれのサックスブルーのシャツも楽しげに揺れた。

「ラストオーダー、ビールの人ーーっ!」

サックスブルーの彼は注文を取りまとめ、空いた皿やグラスを回収する。
その間もそつなく会話に加わっては笑っていた。
他の三人も全員男性で、似たような格好でメガネ率が高いせいか、オタクっぽい空気をかもし出している。
けれど、千沙乃のいるこのテーブルよりは、よっぽど清々しく見えた。

「大学から歩いて行けるところに感じのいいカフェがあって、ちょっと細い道入っていくから━━━━━」

何杯目かのカシスソーダはまったく減らず、曇ったグラスに指先で渦巻きを描きながら、ひたすら彼を見ていた。
ビールジョッキを傾けると、襟足の髪がサックスブルーのシャツにかかっている。
サイドも耳のなかほどまで伸びていて、早く切ればいいのにと、千沙乃は知らず、切り揃えられた自分の髪に触れた。

「オリジナルブレンド一択だから、座ると強制的にコーヒーが出てくるんだけど━━━━━」

誰かがお酒でもこぼしたのか、彼は立ち上がって布巾を渡している。
デニムの後ろポケットにいつも財布を入れているらしい。
その部分が極端に薄くなっていた。

「プリンの上のカラメルソースがものすごく苦いんだよね。それで添えられたホイップクリームを━━━━━」

「お手洗い行ってきます」

向かいの座敷は飲み放題の時間が終わったようで、後かたづけと会計にそれぞれ動いていた。
肩と肩の隙間に彼の姿はなく、飲み干されたビールジョッキが見えるだけ。
暇潰しを失って、千沙乃も席を立った。
早く帰りたいという思いから、バッグを抱えてトイレに向かう。
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