恋、花びらに舞う

ヨーロッパ遠征のあと北米に移った和真から、電話もなければメールもなかった。

和真のような男は仕事にのめりこむタイプだとわかっていた。

寂しいと思ったが、こちらから連絡するのは和真の負担になると思い、由梨絵は募る思いを抑えていた。

二ヵ月後、「成田に着いた。会いたい」 と、突然和真から電話があった。

由梨絵のもとに行きたいがしばらく東京から動けない、来てくれないかといわれ、由梨絵は 「私も会いたい」 と即座に返事をした。

さいわい大学は秋休みに入り時間はある、休みのあいだ和真と過ごすつもりで二週間分の荷物の用意を整え、その日の夕方には新幹線に飛び乗った。

品川で新幹線を降りて電車を乗り継ぎ、電話で教えられた自宅マンションまでタクシーに乗った。

着いた先に見えたのは、広いバルコニーを備えた低層マンションだった。

都内とは思えない林に囲まれたところに建っており、車の音も聞こえない静けさだった。

和真はマンションのエントランスに待っていた。



「久しぶりだな」


「えぇ……元気そうね」



それだけ言うと和真は由梨絵の荷物を受け取り、由梨絵の手を取り歩き出した。

出会った瞬間抱きすくめられる覚悟でいた由梨絵は、和真の素っ気ない態度に軽い失望感を覚えた。

エレベーターの中でも由梨絵に触れようとしない。

密室という安心感から、由梨絵は大胆なことを口にした。



「キスもしてくれないの?」


「上にカメラがある。監視カメラは24時間録画している。この時間は警備員がモニターを見てるはずだ。

ゆうの甘えた顔を、アイツらに見せられるか」



前を向き、口をほとんど動かさずに淡々とした口調で答える和真は、それでも由梨絵の手をしっかりと握り締めている。

案内されたのは最上階、ひときわ広いバルコニー付きの部屋だった。

バルコニーへ出ようとした由梨絵は 「行くな」 と厳しい口調の和真に止められた。

誰が見ているかわからない、姿を見せるなと言われてマナミの言葉を思い出した。



「誰かに見られているの?」


「そんなことはないが……」



和真の返事は歯切れが悪い。

言葉に素直に従ってバルコニーに背を向けた由梨絵は、あらためて部屋の中を見回した。

部屋は殺風景で、ただ広いだけ、生活の匂いのない空間だった。

息もできないようなキスのあと、由梨絵は一番知りたいことを口にした。



「いつまで日本にいられるの?」


「二週間、次はオーストラリアだ」


「今度の帰国は仕事がらみ?」


「あぁ……」



和真の手が由梨絵を荒々しく引き寄せ腰を抱く。



「シャワーを……」


「このままでいい。ゆうの匂いがする」



二ヶ月ぶりの逢瀬は情熱的で、言葉もなく、ひたすらに相手を求めた。

飽きるほど抱き合い、やがて肌を離してベッドを降りた和真はタバコに火をつけた。



「タバコ、吸うんだ」


「昔ほど喫わなくなった。どうして連絡をくれなかった」 


「どうして連絡してくれなかったの?」



お互いの胸のウチを探りながらも、答えはわかっていた。



「私の電話、待ってたの?」


「あぁ……限界だった。成田について、真っ先にゆうの声を聞いた」



由梨絵が満足そうに微笑む。

離れがたい相手だと思い知った。

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