恋、花びらに舞う
綺麗ねと感嘆の声をあげた友人に、そうねと返しながら、後藤由梨絵は舞い散る花びらに終わった恋を重ねていた。
自分で仕舞いをつけた恋は、別れを告げられて終わる恋よりダメージが少ないはずだった。
桜を愛でながら、失った恋の傷口をなめるような気持ちになるとは思いもしなかった。
30歳を目前にした転職は、女にとって大きな転機である。
県外への転居を伴う転職ともなれば、恋人との付き合い方にも先が見えるだろうと思った。
転居先は遠方と言うほどではないが、これまでのように会いたいときに会える距離ではない。
それなりに努力しなければ恋愛の継続は難しいことは目に見えていた。
少なからず結婚を意識していた恋人に、短大講師への誘いがあるけれど迷っていると告げると、
「由梨絵らしくないね。自分の思うようにすればいい」
そんな優しい言葉があった。
さらに、自分が立ち入る問題ではない、決めるのは由梨絵なのだから……と続いた。
決して意見を押し付けたりせず、物わかりのいい彼らしい答えはいつものことだったが、そのときの由梨絵は恋人の返事に落胆した。
思ったようにすればいいとは、裏を返せば突き放された言葉そのものである。
芹沢圭吾の言葉を聞きながら、この男と自分のあいだに将来はなさそうだと見切りをつけた。
咲き誇る桜の向こう側に広がるレース場は、別れた男の会社のもので、彼も一時期ここに勤務していた。
少し前なら彼に会えるのではないかと、心弾ませてやってきたのに、今日は圭吾の知り合いに会いませんようにと願っている。
「レース場に新しいコースができた記念のイベントがある。普段は関係者以外立ち入り禁止のエリアにも、特別に入れるチケットだよ。
レース好きな友達がいただろう、彼女を誘って行くといい」
「マナミだったら喜ぶと思うけど、圭吾は行かないの?」
「僕はその日、出張が入ってる。由梨絵がきたら、誰かに案内させるよう言っておくよ。新しいコース、すごいよ。
ファンだったらたまらないはずだ。パーティーにはドライバーや朝比奈監督も参加する、楽しんでおいで」
コース建設には圭吾もかかわっていた。
自分が関わった仕事を恋人にも見せたいと思ったのか、単に華やかなパーティーへの誘いだったのか、圭吾の思いはどこにあったのか今となってはわからない。
チケットを渡されたとき、のちに別れが訪れるとは夢にも思わず、車のレース観戦が趣味の友人を誘った。
記念イベントを楽しみにしている友人へ、チケットをくれた彼と別れたからイベントに行きたくないとは言い出せず、今日は渋々足を運んだ。