偽装夫婦~御曹司のかりそめ妻への独占欲が止まらない~

 看護大学を卒業後、新卒で採用されて六年。大変なこともつらいこともあったけれど、それでもこの仕事も職場も大好きだったのに……。

 この話を聞くまでは翔太に対しては『仕方がない』という思いも多少あった。

 自分も彼に誠心誠意向き合っていたのか、彼を本当に愛していたのかと聞かれれば疑問があったから……負い目というほどではないけれど、怒りというよりも疲れや諦めに似た気持ちが大きかった。

 しかし今回のこんなやり方は許せない。

 わたしが愛人になることを拒んだのがそんなに許せなかったのだろうか。

 だからといって、わたしを職場にいられなくするなんてひどい。

 もしかしてわたしが翔太とのあれこれを、婚約者である美穂さんに話して、ふたりの関係に亀裂を入れるとでも思ったのだろうか。

 いずれにせよ、翔太の卑怯なやり方には体の奥底から怒りが沸いてくる。

 けれど……ここでわたしが思いの丈をぶつけても、結局わたしは病院を辞めることになるだろう。

 それならば結婚を誓い合ったふたりの仲を引き裂いて辞めるよりも、だまったまま去ったほうが潔い。

 そのほうがずっと自分らしい。

 決して自らを犠牲にするわけではない。いつまでも過去にとらわれずにさっさと前に向いて歩いて行きたい。

 それがわたしの結論だった。

「師長が引き留めてくださって、うれしかったです。でもこれ以上事態が大きくなる前に、辞めます。今までお世話になりました」

 勢いをつけて深く頭を下げたわたしの肩を、師長がいたわるようになでた。

 その時はじめて、わたしの頬にほろりと涙が伝った。
< 11 / 209 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop