冷やし中華が始まる頃には
峯岸が到着したのはその後すぐだった。
利用者たちが作業室に集まって、みんながザワザワ落ち着かない様子で峯岸を待っていた頃だ。

「こんにちはー。」

落ち着いたテンションで菅原さんに連れられて峯岸が作業室に入ってきた。

その姿を見て、ならは顔が熱くなるほど急に緊張し始める。
さりげなく目が合うと、峯岸の口元が少し「あっ」と反応したように見えた。
ならは思わず俯いてしまう。

最初に菅原さんが説明をする。

「今日から、毎週水曜日、陶芸教室が始まります。先生は、峯岸猛くんのお兄さん、峯岸大和さんです。皆さん、ちゃーんと話をよく聞いて、楽しく作業しましょう。・・・では、峯岸さんの方からご挨拶を・・・。」

菅原さんから峯岸に振られる。

「はい、えーっと、今日から皆さんと『陶芸』をすることになりました、峯岸大和です。『陶芸』って粘土でお皿とかコップとかを作ることなんですけど、菅原さんもおっしゃってたように、自由に楽しく、やっていきましょう。よろしくお願いします。」

峯岸が軽く頭を下げる。
するとダウン症のお喋りな男の子が「たけるくんのお兄ちゃん!」と叫び、みんながザワザワと盛り上がった。
猛本人はどことなく照れ臭そうに俯いている。

峯岸はその様子を見て優しく微笑む。

猛のことを想う時はいつも優しい笑顔になることをならは知っていた。

「お兄ちゃん」の顔だ。

ならは思わずキュンとする。


簡単な挨拶が終わると、早速作業開始となった。

今回は初めてなので、形作ることはせずにプレートに模様をつけるようだ。

峯岸が準備した土がみんなの前に置かれる。

利用者だけでなく、職員の前にも置かれた。

ならはこの間ぶりではあったが、周りの人たちに合わせるように初めてだと演じる。

目の前に置かれた模様をつける判子や葉などの道具をそれぞれ手に取る。

ならは葉っぱ柄の模様を付けていく。

するとそこを通りかかった峯岸が覗き込んだ。

「葉っぱ好きなんだね。」

さらっとならに向かって話しかけた。
ならは驚いて振り向く。

「いや、この間も同じ模様入れてたから。」

峯岸がならの表情を受けて付け足す。

「あっ、な、なんとなく。」

ならはなるべくさりげなく返したつもりだ。
峯岸が笑う。

「同じような皿が2枚できるな。」

それだけ言ってならの後ろを通り過ぎて行った。

誰かに聞かれただろうか。

周りは利用者に囲まれていたが、どうだろう。

一番の心配は笹崎だった。


< 33 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop