冷やし中華が始まる頃には
エピローグ
11時半を回った頃から、社員食堂にはチラホラと人が集まってくる。

雑貨部門からファッション部門へと異動した田口とは、偶然会った時だけ一緒にご飯を食べていた。

しかし、その日は田口の方から11時半という時間指定で誘いがあった。

テーブルに着くと早速田口が口を開く。

「悲しいわー。」
「もう、何回言うの。」
「今月で門野さん辞めちゃうの何回考えても悲しいわー。」
「はいはい、ありがとう。」
「同じ部署の唯一の同期だったのになー。」

田口は大げさなほどにならの退職を惜しんでいた。

ならは5月いっぱいでイクイスースカンパニーを辞めることが決まっていた。

「まあ、幸せなことだから笑顔で送り出さないとね。」

田口はうんうんと頷いてラーメンをすする。

「たぐっちゃんも頑張って。」

ならはサラッと言う。

「手抜きな応援だなー。頑張ってんだけどなー。」

田口は笑った。
ならも笑った。

田口は確かに人格的に難はあるが、お陰で楽しい社会人生活だった。

「もう来月から一緒に住むの?」
「うん、まあ同居だけどね。」
「うーわ、偉いな。」

田口の言葉に、ならは微笑むだけだった。

田口は「まあ、門野さんなら大丈夫そうだね。」と付け加えた。

ならは話題を変える。

「でも今年はここの冷やし中華を食べられないのが惜しいなあ。」

田口は「確かに!」と共感する。

「まあ、旦那さんと一緒に食べた方がうまいだろ。」

田口の言葉にならはニンマリと微笑む。

「それもそうだねー。」
「なんだよ、幸せそうな顔しやがって。くそー。」

田口も笑いながら唇を噛む。

ならは窓の外に目を向ける。

すでに夏のような陽が射していた。
まだ5月だというのに、今日は夏日だ。

また夏が来る。

でも今年は、幸せな夏だ。

ならはこれからの季節に胸を躍らせた。

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