水性のピリオド.
正面にいるわたしに焦点が合わないように、右へ左へと忙しなく目を動かしていた春乃くんが、意を決したらしい。
膝の上の両手の拳をのっけて、真っ直ぐにわたしを見据えた。
「おれ、先輩のことよく知らないですし」
「うん」
「先輩も、おれのこと知らないですよね」
うん、それで?
だから、無理ですって? やめましょうってこと?
「だから……おれ、会いに行っていいですか」
「……はえ?」
「え?」
てっきり、連絡先を交換しませんか、とか譲歩してもその辺りだと思っていた。
そうくるか、と今度はわたしが頭を抱える。
間抜けな声を出してしまって、ちょっと恥ずかしかったからその照れ隠しもこめて。
「い、いやでした?」
「ちがう、そうじゃないけどさ」
もしかして、春乃くんもちょっとわたしに興味があるのかな。
じゃなかったら、そもそも律儀に答えないよね。
わたしのお手本に沿って、じゃあお付き合いしてくれますか? なんて言われたら丁寧に断るつもりだった。
面白い子だな、とは思うけど、べつに一目惚れしたとかじゃないし。
「会いに来なくていいよ。へんな噂が立ったら嫌だもん」
たかがひとつ学年が上がったくらいで、落ち着きのある人になったりしない。
わたしのクラスメイトもみんな、サルみたいなのばっかりだ。
たまにはその輪のなかに入って、くだらないことでキャーキャー騒ぐ。
つまり、後輩がわざわざ教室まで来て、わたしの名前を呼びでもしてみろ。
女子には詰め寄られ、男子は突飛な妄想でも始めそうだ。
素材がわたしだから、そんなに盛り上がらないんだろうけどさ、三日くらいはその話で昼ご飯が食べられる。
いやだ、とわたしが拒否を示したことに少しショックを受けているのか、眉尻を下げて黒目を下の方へ押しやっている春乃くんに向けて、人差し指を立てる。
これは、提案だ。強制じゃない。
だけど、これを言ったら春乃くんはまたその顔に花を咲かせるんだろうな。
「また明日、この時間にここで会おうよ」
終礼から一時間くらい経ってるこの時間、階段を通る人はいない。
さすがに毎日一時間の暇をつぶすのは退屈だろうし、春乃くんの用事もあるだろうから、とりあえずそうしようって話。
「あ、でも、部活してたりする?」
「してないです。名前だけ、園芸部で」
「うそ。わたしも名前だけ園芸部だよ」
ふたりも揃ってしまったら『園芸部』じゃなくて『名前だけ園芸部』って部活名みたいだね。
実際、園芸部でまともに活動をしているのは顧問のおじいちゃん先生くらいだ。
たまに、大変そうだなあって見兼ねて水やりを手伝ったりはするけど、毎日は面倒を見てあげられない。