水性のピリオド.
ついさっきまで別の人の体温を感じていた。
身体の節々は痛いし、一刻も早く家に帰って眠ってしまいたかった。
起きたときにわたしのしたことのすべてが消えてなくなってしまっているわけではないけれど、それでもわたしの心は少し落ち着いていたと思う。
春乃くんと話をするのなら、心の波が落ち着いて凪いだときにするべきだった。
勢いで呼び出したことを、彼を前にして泣きたくなるほど後悔した。
今のわたしは春乃くんと話ができる状態じゃない。
岩井くんに触れられたこと、触れたことが気持ち悪かったとは言わないけれど、身体に残る熱を分けた人と心が求めている人が違うことに吐き気がした。
「なずなさん……?」
きっと、ひどい顔をしているのだろう。
まだ火照った頬、ヒリヒリと痛む目元、隠そうとするのは無駄だってわかっていたから、心配そうに駆け寄ってきた春乃くんから目も顔も逸らさなかった。
「どうしたの? 体調悪い? だから俺のこと呼んだの?」
「ちがうよ」
「でも、顔真っ青。辛そうです」
肩に添えられた手にビクリと身体を震わせると、春乃くんは一瞬動きを止めたけれど、躊躇いがちに摩り始めた。
優しい摩擦なのに、トゲのついた布で摩られているような、痛みと安らぎを同時に与えられている感覚。
「なずなさん。何かあったか何かされたか、どっち?」
春乃くんに促されて土を払った花壇の縁に座る。
聞かれたことに答える余裕なんてなくて、ただ俯いて膝の上に握った拳を見つめる。
手は震えていない。今なら、言える。
「春乃くん」
肩に添えていた手はいつの間にか背中を撫でていた。
優しい手だ。わたしには勿体ないくらい。
「付き合おっか、わたし達」
軽い言葉だ。
きっと、わたしが吐いたからだ。
同じ言葉でも、春乃くんの口から零れたのなら、もっと綺麗で正しくてわたしをずっと安心させてくれるような響きを持っただろうに。