水性のピリオド.


「本気ですか?」


「そうじゃなかったら言わないよ」


本気か、嘘かといわれたら後者にはならない。

少なくとも、嘘じゃない。本心だ。

春乃くんを騙す気なんてない。

イエスの返答をくれたら、わたしは嬉しい。


「……すげえ、うれしい」


泣き笑いのような表情に胸が締め付けられる。

笑顔でいてほしかった。

でも、そんな顔、わたしが見る資格なんてない。

たとえばわたしが数時間前までの記憶を失ったとしたら、春乃くんの笑顔に笑って返すことができたのに。


馬鹿なことをしたって思うけれど。

わたしにはこうするしかなかったとも思う。


彷徨うように伸ばした手を、なんの迷いも躊躇いもなく、春乃くんが捕らえる。

大きな手でわたしの手のひらの縁まで包んで、指を絡めてくれる。

そのままぎゅっと握られてしまったら、張り詰めていた糸なんて当然緩んでしまう。


笑いたいのに、笑えない。

きっと、一緒にならない方がいいと思うのに、心が求めるのは春乃くんだった。

溢れ出るものを諦めて俯くと、春乃くんの手が腕を伝って背中に回る。


抱きしめられると、いちばんに春乃くんの鼓動が頬に当たった。

強ばった体と駆け足の心拍からは緊張しか伝わってこなくて、ほんの少しだけささくれていたものが凪いだ。


「俺、すごく幸せ者だ」


幸せ色をした幸せの形をそのまま声に乗せて言葉にしたような、優しい響きだった。

春乃くんの胸のなかでそっと身動ぐと、後頭部に回った手が緩くわたしの髪を撫でてくれた。


「なずなさん、大好きです」


耳のそばで心地の良い音が跳ねる。

この瞬間がずっと続けばいいのに。

きっと春乃くんには見えていないのだろうけど、なんとなく、わたしと春乃くんの終わりはすぐそこにあるような気がする。

また自分本位でワガママで勝手な憶測が春乃くんを傷付けてしまわないように、間違ってもそれを口にはしない。


「……わたしも好きだよ」


だから、変わってしまうその日までは。

毎日、春乃くんを好きだと伝えさせてね。


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