魔法使いになりたいか
第1章

§1

今日は俺の誕生日であり、親父の命日でもある。

女好きだった親父は、再婚をくり返し、最初の妻だった俺の母さん以外に、二人の嫁をもらった。

ちなみに、離婚はしていない。

それなのに、なぜ結婚をくり返せたのかというと、全員と死別したからだ。

最初の奥さん、つまり俺の母さんと二人目の人は病死、三人目は事故で亡くなった。

だから、うちの仏壇には、三つの位牌が並んでいる。

父が死んで、四つではなく、三つ。

俺の母さんとの位牌は、連名で戒名が刻まれるように位牌をつくった。

それを見た二人目の母が、『いいなぁ~』って、うらやましがったから、死後、やっぱり連名で名前が彫れる位牌をつくった。

だから、三人目の母が突然事故死したときも、やっぱり連名の位牌をつくった。

そして去年、親父が死んだ。

残された、いちおう跡取りである俺は、仕方なく三つの位牌に、親父の戒名を刻むよう、専門の業者に依頼した。

その時のやりとりは、間違いなく俺の黒歴史の一部なので、割愛する。

かかった値段も三倍なら、俺が受けている屈辱も三倍だ。

心臓発作で急死した親父と、その奥さん達の位牌三体を、俺は自分の誕生日に拝んでいる。

なんでこんなクソ親父の供養を、三つ分もしないといけないんだ。しかも、他の女の分まで。

というわけで、親父単体の位牌はないから、四つではなく、三つ。

本屋を経営していた親父の店は、古い商店街の一角にあって、店舗と居住区が一体化した、とにかく古い作りの家だ。

通りに面した本屋の奥、レジ台のすぐ脇にのれんをかけ、その向こうが生活空間になっている。

家は二階建てで、一階は台所と風呂とトイレ、居間があり、外には小さいが庭もある。

庭には、本の在庫をしまっておく、小さな倉庫が置いてある。

仏間として使っている四畳半も一階。

家としての正式な玄関は、裏通りに面した方に作られている。

二階には三部屋、かつてそこは、俺の部屋と奥さん達の部屋として機能していたが、一人暮らしとなった今、二階の自分の部屋を寝室として使う以外は、ほとんどを一階の居間ですごしている。

そして迎えた、三十歳の誕生日。

俺は、三つの位牌が並んだ仏壇に手を合わせてから、居間に移動した。

クソ親父の一周忌なんて、これくらいで充分。

居間の丸いちゃぶ台の上には、俺の手作りの朝ご飯が用意してある。

クソ親父の命日よりも、自分の誕生日が大事。

だけど、この歳にもなると、誕生日だからって特別メニューを用意するのも面倒くさいし、かといってケーキがないのも寂しいので、何となくホールで一番小さいケーキを注文して買ってきた。

すがすがしい朝の一番に、一番に自分の誕生日を祝う贅沢。

「いただきます」

今日のメニューは、かますの干物に、豆腐とほうれん草のみそ汁。

目の前には、生クリームのケーキが待っている。

誕生日といえども、毎日の生活リズムは崩さない。

朝は早く起きて、夜はさっさと寝る。

それは何よりの、健康の秘訣だからだ。

自らを律し、心穏やかに日々を過ごす。

俺は、箸を持ちあげると、好物の干物を口に運んだ。

「私は、魂の指導者」

夢中で白飯にかぶりつき、記念すべき三十歳の、俺の最高のバースデーモーニングを一人堪能している時だった。

聞き慣れない、野太くしわがれた声に、顔をあげた。

「私は、魂の指導者」

すぐ横の狭い庭から入り込んで来たのは、一匹の太った、黒っぽいキジトラの老猫だった。

その猫は、堂々とした歩きっぷりで縁側に飛び乗ると、勝手に部屋に侵入してきた。

「そなたに、この声が聞こえるか」

「ちょっと、勝手に入ってきちゃ、ダメだよ」

「私は敵を倒す者よりも、己の欲望を克服した者を勇者と見る」

その偉そうな態度の猫は、ひらりとちゃぶ台の上に飛び乗った。

「己に克つことこそ、この世でもっとも難しいことなのだ」

「ねぇ、ちょっと待ってってば」

そこで俺は、重大なことに気づいた。

「あれ? 猫って、しゃべれたっけ?」

「私は魂の指導者!」

「だから、なんだよそれ!」

猫は、皿にのった焼き魚の、皮のにおいをくんくんと嗅いでいる。

「そなたは三十の歳になるまで、禁欲を貫いたのであろう」

俺の大事な誕生日のごちそうを、横取りされてはたまらない。

急いで皿を持ち上げる。

「勝手に入ってくんな!」

「よくぞ耐え抜いた!」

台の上に腰を下ろした黒っぽい茶色の猫は、やっぱり偉そうに俺を見上げてる。

「意味がわからないんだけど」

「私の声は、齢三十をこえてもなお、禁欲を貫いた男子にしか聞こえない」

「あー、ちょっと待って、なんかそれ、聞いたことあるような気がしてきた」

三十歳まで純潔を保つと、なんたらかんたらって、よくネットとかで言われてるやつだ。

「これって、もしかして、三十過ぎても童貞だったら、魔法が使えるようになるってやつ?」

「よくぞ耐え抜いた!」

「うれしくないから、帰って!」

俺がこの歳まで童貞=年齢=彼女いない歴なのには、純然とした、明確な理由がちゃんとある!

「私は魂の指導者!」

「いりません! 魂の指導者なんて、いりません。申し訳ないけど、早く帰って」

みそ汁までのぞき込む野良猫に、俺の不幸をバカにされたくない。

取り上げた椀の汁を一気に流し込む。

「おぬし」

それでも、このふてぶてしい猫は、ちゃぶ台の上から俺を見上げる。

「魔法を覚えたくはないのか?」

「魔法?」

俺は、この不思議な猫を見下ろした。

確かにこの猫はしゃべってるし、年老いた老猫で、魔法使いっぽいところはある。

「魔法が、使えるようになるの?」
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