さよなら、センセイ

「では、簡潔に言おう。

ヒロと別れて、オレの女にならないか」

ズバリと言われたその時、恵のポケットで携帯が鳴った。

「ちょっと、失礼します」

恵は秀則から逃げるように部屋の隅で電話をとる。

「メグ、ゴメン、どうした?」

ヒロの声だ。
秀則が来ていることを気づかれないように伝えたい。

「あ、先生。
すみません、先程帰宅したところで…」
「ん?何言ってんだよ、メグ?」
「はい。すぐにお願いします。
私は今、来客中ですので…」
「…誰がこんな時間に…?」
「あ、その件でしたらそのままでお願いします」

恵は電話を切ったフリをして秀則の元へ戻る。携帯はそっと膝の上に置いた。

きっと、ヒロなら気づいてくれる。
来客は秀則だから、すぐにきて欲しい。
電話は切らずにこの状況に気づいて欲しいと。


「秀則さん、すみません。これからテストの採点がありまして…」


なんとか秀則を帰そうとするが、彼は頑として動かない。


「ヒロと別れて、オレの女になれよ」

秀則はテーブルから身を乗り出して再びそう告げた。
その顔は自信にみなぎっている。恵が断るとは思いもしないようだ。


「丹下の息子には変わりない。
しかもオレの方がより社長の座に近いし、歳も君と変わらない。
それに、お互い社会人。何の問題もないだろう。
君が望むなら結婚してやってもいい」


丹下の家目当てと思われている。
多分、秀則やヒロの周りの女性たちは、丹下の名前に群がることが多いのだろう。

そんな女性たちと同類と見ている恵をヒロから奪おうとする真意は何だろう…?


「なぜ?私なんですか?
秀則さんなら、もっとステキな女性が沢山いらっしゃるでしょう?」

「当たり前だ。
このオレになびかない女なんていない。
だが、貴女には価値がある。他の女にはない付加価値が」

恵はなるほどと思い当たる。
恵と付き合いたいのではない。
ヒロのものだから、奪いたいだけ。

それともう一つ。

「私の姉が久坂(くさか)議員夫人だという、付加価値」

「なんだ。思ったほど馬鹿じゃないんだな。だったら分かるだろう。ヒロよりオレを取るべきだと。これはチャンスだぜ?」

秀則はゆっくりと立ち上がると、恵の腕を掴んだ。


< 45 / 170 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop