お宿の看板娘でしたが、王妃様の毒見係はじめます。


走りながら、サイラスは頭の中が真っ白になっていた。

第二王子に、毒殺のことを見破られていた。
早く、早く、逃げなければ。立ち止まるわけにはいかない。

廊下にいる使用人は、まだ自分が捕まえる対象だと思ってはいないようだ。
みな、走り抜けるサイラスを怪訝そうに眺めてはいるが、捕まえようという態度は見れない。

今ならば、逃げられるはずだ。

息を切らしながら、サイラスはそう結論付ける。しかし頭の奥では、警告のように相反する声も聞こえてきた。

(しかし逃げてどうなる? すでにアイザック王子には目をつけられている。証拠も残してきてしまった。後で調べられたら、どちらにしろ終わりだ)


「お客様? 馬車はまだ……」

玄関に控えていたイートン伯爵家の使用人が、走り行くサイラスを追ってくる。
広い庭を走り続けていると、行く手を阻むように周りの衛兵とは違う格好をした男がひとり立っている。

「どけっ」

しかし男は彼の力では動かなかった。代わりに、サイラスの腹に鈍い感触が走った。

「……っぐっ」

倒れ込むサイラスを、男は抱え耳打ちする。

「失敗ですね。ウィストン伯爵。でも大丈夫、あなたはあのお方のお役に立てます」

「……お前は?」

「さあ?」

サイラスの体が崩れ落ちる。
男が口笛を鳴らした途端、伯爵家の外から、アンスバッハ侯爵率いる一団が入ってきた。
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