夜をこえて朝を想う
「俊之。呼んで。」

「俊之さん。」

「“さん”いらない。」

「俊之。」

「うん。」

「俊之、…好き。」

「うん、俺もだよ。湊。」

そのまま、彼の腕の中で眠った。

夢から、覚めるまで。

朝が、来なければいいのに。

夜中に目覚め、そのまま彼の寝顔を見ていた。ずっと…

憎らしい程に、愛しい…

その顔を。

やがて、白んで来た空に

彼の顔がはっきりと見えだした。

忘れないように、目に焼き付けた。

さようなら、好きになった人。

起きるまでに帰ろうか…そう思ったのに

往生際悪く、見ていた。

彼を。

ようやく、9時も近くなった頃、彼は起きた。

「何だよ、起こせよ。」

「だって、疲れてそうだし、まだ9時だよ。…帰るね、私。」

「ああ、何時から出かける?」

「着替えたら、戻るね。」

「ん…」

「今日で9回目。あれ?昨日で?だから今日は10回…」

「何のカウントだよ、単純にシた回数ならもうちょっと…」

そう言って、ベッドに引きずりこまれそうになる。

「もう、朝から!」

「はは、数えるからだ。増やしてやろうかと…」

「これ以上、増やしません!」

10、いっちゃう。今日でこのまま…

だから、10はカウントしない。

ほんのちょっとの未練すら、立ち切った。

コール音が響く。

「あ、悪い仕事の電話だ。」

土曜日に…か。

「帰るね。」

「ああ、後で。」

さよなら。

聞こえるか、聞こえないかくらいの声で言った。

彼が電話しながら、玄関まで送ってくれる。

その彼に抱きついた。

電話の相手に断りを入れて、彼が応えてくれた。

「俊之、大好き。」

そう言ってキスをした。

最後の。

それから

「今日で、最後。」

にっこり笑って、そう言うと…彼から離れた

「え?湊、何だ?」

笑顔を作ったまま

「ありがとう。」

そう言って外へ出た。

エレベーターに飛び乗り、早足で駅まで行った。

終わった。

これで。

今から電車に乗らないといけないのに

ぶわっと滲む景色。

俯くようにやり過ごし

家へ向かった。

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