夜をこえて朝を想う
「俊之。呼んで。」

「俊之さん。」

「“さん”いらない。」

誰も呼ばないように、呼んで欲しかった。

「俊之。」

「うん。」

「俊之、…好き。」

「うん、俺もだよ。湊。」

笑っているのに、泣き顔のような湊にそう言った。

儚さに抱き締める。

頼りなく細い、その肩を。

そのまま、彼女を抱いて眠った。

朝起きると何時ものように、彼女は俺の隣にいなかった。

すぐ側で、俺を見下ろす顔に安堵する。

そうか、今日は土曜だ。

1日一緒に居られるんだったな。

時計を見ると…9時。

「何だよ、起こせよ。」

「だって、疲れてそうだし、まだ9時だよ。…帰るね、私。」

「ああ、何時から出かける?」

「着替えたら、戻るね。」

「ん…」

「今日で9回目。あれ?昨日で?だから今日は10回…」

「何のカウントだよ、単純にシた回数ならもうちょっと…」

そう言って、ベッドに押し倒した。

「もう、朝から!」

「はは、数えるからだ。増やしてやろうかと…」

「これ以上、増やしません!」

……。

増やさない?

違和感のある言葉…

「み…」

口を開こうとした時

楽しい時間にコール音が響く。

「あ、悪い仕事の電話だ。」

休み関係なく、掛けてくる。一応気を遣ったのか9時以降だ。

下着だけの状態で電話を取った。

「帰るね。」

「ああ、後で。」

湊の、唇が動いたが、なんて言ったのか…

電話しながら、玄関まで送った。

そこでも抱きついてくる

電話の相手に断りを入れ待たせると、そのまま抱き締めた。

何だろう、後でいいのに、そのまま抱き合った。

「俊之、大好き。」

そう言ってキスをせがむ。

「今日で、最後。」

そう言うと…身体を離し、にっこり笑った。

「え?湊、何だ?」

笑顔を作ったまま

「ありがとう。」

そう言った。

綺麗な笑顔。引き留めたくなるような綺麗な綺麗な…儚い笑顔だった。

何、何だ?

すぐに追いかければ良かった。

だけど、電話中で…

服も着ていなかった。

電話が終わった時には15分程経っていた。

何だ?

様子がおかしい…

直ぐに家を出た。

湊の家へ。

少し開いたままのドア。

開けると…空の…部屋。

中に施された…緩衝材や清掃の…

人は住んでいない。

引っ越したところって…

住人らしい人に不審な目で見られる

「ここの部屋は…」

「ああ、先月引っ越されましたよ。」

先月…

先月?

俺が…ここへ来て、すぐだ。

その場で電話を掛けた。

…電源が入っていない。

それから、何度もコールする。

こちらの充電がなくなるほどに。

出かける約束は…

その日、果たされる事はなかった。

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