夜をこえて朝を想う
第13話

side M

そのまま、食事。

今日は飲むのは1杯だけということになった。

「俺はね、何も1回だけのつもりで誘ったんじゃないよ。」

生々しい描写が思い出され、顔が熱くなる。

「君も、だろ?」

清水部長が耳元でそう言った。

彼の低い声が吐息とともに届く。

すぐそこにある彼の顔をを見上げる。

熱っぽい目に捕らわれる。

身体が芯から痺れるような、目に。

「行こうか。」

店を出た彼に続く。

人気のない路地を…少し離れて歩く。

少し、周りを気にするようにした後に…彼は私を引き寄せた。

ああ、だから…

奥まった店、人気のない路地…

そのまま…彼の家へ

いつもの冗談もなく…

玄関に入るなり、覆い被さるように性急にキスをされる。

深く…重く

キスをしながらも、止まることなく動く、彼の大きな手が、身体を確かめるようになぞり、ニットとスカートの隙間から、直接肌に触れる。

私より、彼の手の方が体温が高く

その熱さが伝わる。

可笑しい。

クスクスと笑い

「せっかちだなぁ、清水部長。」

そう言った。

この関係は、そういう事なのだろうけど…

バツが悪そうに

髪をかきあげ、横を向いた彼の頬に口づけた。

「可愛い。」

ずるいなぁ、もう。この顔は反則。

「逃がさない。もう…。」

彼は…私を強く抱き締めそう言った。

動けなかった。

抱き締められたまま、彼の顔が近づくと…再び唇を合わせた。

顔を離し、彼と目を合わせて笑った。

これで…引き返せない。

促されるままに中へ入ると、彼は私のコートを受けるとソファーへ座らせた。

「コーヒーは?」

「飲む。牛乳だけ…欲しいです。」

「あ…ないわ。牛乳。ごめん。」

「じゃあ、ブラックで。」

「…次から、用意しとく。」

そう言った彼を見て、にっこり笑った。

…次。

次、またここへ来るのだろうか。

ここは、誰かのテリトリーの中なのに。

一人で住むには…広いマンション。

綺麗な…キッチン。

ここからベッドルームは見えるけど…

他のドアはきっちり閉められている

だけど…

彼は私の前にコーヒーを置くと、私を引き寄せた。

「湊、スマホ出して?」

「え?」

「番号。知らないだろ?」

「…あ…私…携帯持ってなくて。」

「はあ?…お前…そんなハズレ合コンのあからさまな、見え透いた断り文句みたいな事言うなよ。」

「あはは!部長、例え上手すぎ!!」

「なんで?何がそんなに嫌なんだ?」

「いや、本当なの。少し前にね、道で落として、それを車道に蹴っ飛ばしちゃって…運悪く通りかかった車に轢かれて…粉砕。」

…事実だけど、もうとっくに手元にあった。

ただ、彼と会うときは会社に置いて置くことにしよう。

本当だという証拠に、自分のバッグの中身をバサバサとひっくり返した。

あ、今日もハンカチないや。

最小限の荷物。その中に携帯がある。

「これは、社用。」

そう言って、その携帯を持ち上げた。

「本当か?」

「そう、でね。私どうしても機種譲れなくて。2ヶ月待ちなの。代替え面倒臭くて。社用携帯あるし…プライベートはどうせ、誰からも連絡…」

「ああ、彼氏も…」

いた方が、都合良かったのかもしれない。

だけど…彼氏がいたらここには来ない。

もちろん、あのホテルにも。

「えっと、今は…いるから…な。」

嫌な予感。

「携帯、来たらちゃんと教えること。それと…社用(そっち)教えといて。」

「はい…。」

「全く、自分の“彼女”の連絡先知らないのなんて、初めてだよ。」

「え?」

「彼女だ。湊。それで、いいよな?」

“彼女”という響きは、随分と軽く

尚且つ、私には暗く響いた。

それを、悟られないように

にっこり笑った。

“彼女”になるつもりはなかった。

「それと…連絡は、俺の方からする。」

そう言って、彼は私の社用携帯にワンコールした。

登録する振りをして、バッグにしまった。

1回の過ちが2回目となると…

もう、魔が差したでは済まない。

何をしているのだろう、こんな所まで来て。

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